銀行はデジタルによってどう変わるべきか。金融界の識者5人に聴く
- 顧客体験に注力できる銀行が、デジタル時代の勝者になる
- 銀行はコモディティ化(差別化の喪失)の危機に直面している
- 銀行とフィンテック企業とは、競争ではなく協業を通じて、市場における長期的な立ち位置を確立していけるだろう
かつて、銀行の利用や個人向け金融といえば、長年の顧客一人ひとりとの付き合いで得た信用がものを言う世界だった。しかし、デジタルがこの常識を葬り去ろうとしている。
銀行の職務によっては、現在も対面型の接客が重要視されてはいるが、テクノロジーにより、顧客はコンピューターやモバイル端末から金融機関のサービスを利用することが多くなった。新商品の選択や将来的なプランニングでさえ、オンライン仲介が可能になり、銀行に対するブランド意識は薄れてきている。
さらに、欧州では2018年から、金融機関による顧客データのオープン化が義務付けられる。それにより、顧客は一つのwebサイトやアプリから複数の金融機関にアクセスできるようになり、より顧客主導型の資産管理が可能になる。
デジタルトレンドは銀行をどんな方向に導いていくのだろうか。金融界のオピニオンリーダー5人に話を聞いた。
顧客体験に注力できる銀行が、デジタル時代の勝者になる
新興銀行である英メトロバンクでチーフコマーシャルオフィサーを務めるポール ライズボロー氏は、自社の強みと目指すデジタルシフトの在り方について、次のように語る。
「デジタルトレンドにより、老舗の大手銀行がコスト削減を行っているところに、我々のような新興のチャレンジャーバンクが成長できる機会が生まれている。チャレンジャーバンクは、旧式のソフトウェアプラットフォームや支店の多さなど、巨大なコストに縛られていない。我々の強みは、不要なコストの削減に労力を割かず、あるべき姿に向かって成長しているという点だ。
顧客体験に注力できる銀行が、デジタル時代の勝者になるだろう。たとえば、我々のアプリは、ユーザーが効率よく利用できるよう設計されており、顧客に何かを売りつけようとはしない。大手銀行だと、これまで商品を販売してきた支店を閉鎖し、その代わりにアプリを介した売り込みを試みている。これでは混乱を招き、ノイズの多い顧客体験になってしまう。大手銀行は苦戦することになるだろう。
デジタルの良いところは、口座の開設、カードや小切手の発行などがその場ですぐにできるよう、支店業務を効率化できる点だ。我々にとって、デジタルとは、電話セールスや業務サポートのスタッフを大量に用意することではない。我々が考えるデジタル化とは、本業にテクノロジーを投入してカスタマージャーニーを向上させること、昔ながらのサービスを重視しながら、最新テクノロジーを駆使することにつきる」。
コモディティ化の危機に直面している銀行に必要なのは、モバイル体験での差別化
米調査会社フォレスターのシニアアナリストであるピーター ワネマッハー氏は、デジタルによる「他社との差別化」が、銀行の成長にとって重要なカギとなると解説する。
「これまでのデジタル化は主に、顧客の行動様式と金融機関との取引方法に変化をもたらしてきた。しかし今では、デジタル変革により、銀行および個人向け金融そのものが変わる段階に近づいている。
デジタルテクノロジーとそれにまつわるサービスは、銀行のビジネスモデル、価値提案(バリュープロポジション)、ブランドの位置付け、エコシステムにおける顧客の立ち位置を変えていくだろう。
銀行各社のCMOは今、「消費者の銀行離れ」という非常に大きな課題に直面している。『銀行ブランドが人々の生活に何の意味も持たなくなる』という暗い見通しに、いかに対処していくかが課題だ。消費者の銀行離れはまた、コモディティ化(差別化の喪失)にもつながる。既に、顧客の3分の1は『どこの銀行だろうと同じ』と考えている。これでは、銀行が長期的に持続可能な成長を遂げることは不可能だ。
ただ、ここにモバイルの大きなチャンスが存在している。どこの銀行も、既に顧客サービス提供におけるモバイル活用に注力しているだろう。しかし、モバイル“体験”で差別化を行っているわけではない。既存製品とサービスをモバイルデバイス上に拡張する、という目標は達成していても、それだけではすでに十分とは言えなくなっている。デジタル企業のリーダーは、さらに先を行き、モバイルを活用したビジネスの進化に取り組んでいる」。
強固なセキュリティと高い利便性の両立が急務
米ユニシスでファイナンスサービス EMEA地域担当副社長のアダム オールドフィールド氏は、「銀行各社は2018年に迫った新規制の適用と、顧客行動変化のダブルパンチに直面している」と話す。
「規制に関しては、EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation: GDPR)が2018年5月から適用され、欧州内でのデータ保護違反に対して多大な罰金が科せられることになる。さらに、オープンバンキングをサポートするITの大改革も必要となる。決済サービス指令(PSD2)により、顧客の情報をオープンにすることが義務付けられるため、銀行は口座データや支払いサービスを完全な管理下に置くことができなくなるのだ。
これらは、旧来のシステムを使用している銀行にとって非常に大きな課題となるが、新興のチャレンジャーバンクにとっては違う。
そして、消費者が銀行サービスをブランド商品とは考えなくなったことも問題だ。なせなら消費者は、アグリゲーターサービス(一括見積もりサイトなど)から一番利点のある商品を選ぶことに何の抵抗もないからだ。もはや、消費者が何も考えずに既存の銀行サービスを利用し続けることはない。
ここで最優先の課題となるのが、セキュリティだ。システムのセキュリティ確保だけでなく、顧客にとって不便な障壁を設定しすぎないことも必要になる。残高照会には指紋認証ですぐにアクセスできるようにし、口座の変更や支払いには、より高レベルのセキュリティを設ける等の対応が求められるだろう」。
デジタルにより、銀行への期待値はより高まっている
顧客体験について多くのリサーチを行っているMESH Experiences 社長兼チーフ エンジニアリングオフィサーのフィオナ ブレイズ氏は「顧客はシームレスな体験を望んでいる」と述べる。
「銀行の課題は、まさにシームレスな体験を提供できていない点だ。銀行業務は今でもオンラインとオフラインで完全な連携が取れていない。銀行はすべての顧客情報をアプリに活用できるわけではなく、ユーザーはアプリで提供されたいサービスをすべて受けられる訳ではない。複雑な要望には、支店に足を運ぶか、電話で問い合わせるかなどの手間が発生することもしばしばだ。
銀行サービスにとっての大きな課題は、使い勝手の良いアプリを顧客が常に利用できるように、カスタマージャーニーを改善すること。優れたカスタマージャーニーこそ、今後の銀行の差別化要因となっていく。
顧客体験を改善する一つの方法として、トランザクション(取引)の高速化がある。米国では決済の完了に2日かかるのに対し、英国の顧客は1時間以上かかると不安になるということが判明した。これは、デジタルによって顧客の期待値がより高まっていることを明らかにしており、英国の顧客は『銀行のサービスはリアルタイムで処理されて然るべき』と感じているということだ。従来のトランザクションサービスのプロバイダーにとっては深刻な課題だ」。
銀行がプラットフォーム化し、フィンテックと協業する時代へ
フィンテック企業Klarnaの副社長兼統括マネージャー、ルーク グリフィス氏は、フィンテックと銀行の関係について、未来の展望を語った。
「デジタルテクノロジーにより、フィンテック(fintech)が登場した。顧客が自分にとってよりよい条件で銀行サービスを利用したり、決済したりできるのは、非常に大きな利点である。そして、銀行や信販会社が支配してきた従来型ビジネスモデルよりも柔軟で、時代にあったサービスだ。
今から2年ほどで、銀行は専門のサードパーティプレーヤーが活躍するプラットフォームへと進化していくだろう。フィンテック企業は、そこで顧客に最良の体験と商品、そしてサービスを提供できるような競争力を銀行にもたらすことができる。競争ではなく協業を通じて、市場における長期的な立ち位置を確立していけるはずだ。
しかし、この協業には潜在的な障壁も存在しており、まだ答えが見つかっていない問題もある。顧客データは誰が所有するのか?金融サービスへの顧客アクセスは誰がコントロールするのか、などだ。
フィンテック企業と銀行がそれぞれの強みを合わせて顧客の問題を解決できてこそ、銀行サービスの顧客体験は真の変革を達成するだろう」。
銀行が成長する道に課題は多いが、それゆえにテクノロジーによって新たなサービスを創出し、消費者の顧客体験を大きく向上できる分野でもある。銀行は消費者の行動変容に遅れることなく、自社のサービスや組織そのものを大きく変革していくべきだろう。