
上坂 幸栄氏
加賀友禅工房での絵付け修行を経て独立。着物の他、加賀友禅の意匠をアパレルや住宅・商業施設の壁紙など多種多様な素材に展開。NY国連本部(2005年)、金沢21世紀美術館(2007年)など国内外で個展開催多数。日展・日本新工芸展等入選
導入製品:
課題
拡大してもぼやけない画像を使い、加賀友禅の意匠を多様な創作活動に展開したい。
成果
高画質なベクター
グラフィックス画質を損なうことなく作成した画像の拡大・縮小が可能
画像の透明度を自由に調整
透明度を数値で指定できる「透明効果」で多彩な表現をサポート
修正や微調整がスピーディー
一から描き直すことなく図形や色の変更がワンクリックで可能
データの受け渡しを効率化
手軽なデザインデータのやり取りでプレゼンテーションがスムーズに
石川県金沢市で活動する上坂幸栄氏は、加賀友禅の伝統的な意匠をさまざまな素材に施す“模様師”だ。同氏は下絵のトレースなどをIllustrator CCで行うことで、製作工程を効率化。単純作業をスピーディーにこなすことで、よりクリエイティビティが発揮される工程に注力できる環境を整え、作品の質をいっそう高めることに成功している。
加賀友禅の美しさを現代に伝えるアーティスト
江戸時代に加賀藩で確立された加賀友禅は、絹布などに花鳥や草木の模様を染め出す伝統技法で、京友禅と比較して落ち着いた色調と写実的な図柄が特徴だ。上坂氏はその加賀友禅の意匠をさまざまな素材に施す作家で、自らを“模様師”と標榜している。幼少期より生家にあった屏風などから和のビジュアルに関心を抱き、1964年に開催された東京五輪で、国籍の異なる選手たちが肩車をし合って国旗を振る様子を見て大きな感銘を受けた。子供心に「自分もこの人達と同じ感動を味わいたい。まじめに絵を描いていったら、きっとこうなれる」と信じ、作品を通して国境を超えて感動を共有したいとの想いから加賀友禅工房で絵付け修行をし、独立後は国内外で個展を開きながら意欲的な創作活動を展開。その雅やかで繊細なデザインは着物のみならずネクタイやスカーフなど多様なアパレルにあしらわれ、作画工程をデジタル化して以後はジクレ(デジタル版画)やデジタルプリント壁紙なども製作するようになり、多くの人々の生活に潤いを与えている。
「描画やデザインの自在な加工をサポートしてくれるAdobe Illustrator CCは、私の創作活動に不可欠なツールです」
模様師 上坂 幸栄氏
伝統的な画法と共通するデザインプロセス
上坂氏は2005年頃に、厚さの異なる数枚の布に作品の写真をプリントすることで3D風に見えるアートの製作に挑戦した。しかしビットマップ形式の画像は、大きく引き伸ばすとぼやけてしまう。その解決策として知人から、拡大してもボケないベクター形式のIllustratorで友禅の絵を描かないといけないと教えられ、それまでデジタルグラフィックツールとはほぼ無縁だったが、探求心の旺盛な上坂氏はIllustratorを導入。友禅の下絵トレースやのり引きの感覚でペンツールを動かしたところ、驚くほど簡単に絵を描くことができたという。拡大画像のエッジがぼやけることもなく、以後Illustratorは上坂氏の創作活動に不可欠なツールとなった。加賀友禅は、下絵に白絹を載せて柄の輪郭を写し、染料同士が混ざらないよう輪郭に糸目糊を施して染色される。Illustratorではスキャンした下絵をペンタブレットでトレースし、パスを閉じてからペイントされるが、「両者の工程はあまりも酷似していて、伝統のアナログと現代のデジタルの絶妙な関係性に感動を覚えました」と上坂氏。
模様師 上坂 幸栄氏
快適な描画性と透明効果でより豊かな表現力を獲得
画像を鮮明に引き伸ばせるベクター形式のデータを作成する目的からIllustratorを活用し始めた上坂氏は、指定したポイントを繋ぐことで図形を表現できるベジェ曲線を用いた作画の便利さも実感するようになった。操作に習熟すれば、鉛筆や筆と同様に描画を自在にコントロールできるようになるという。
上坂氏が高く評価するもう一つの基本機能が、「透明効果」だ。Illustratorで作成したデザインに透明効果を施すと、重なった複数のオブジェクトのうち下のオブジェクトが上のオブジェクトを透かして表示できる。
「図柄に微妙なグラデーションを与えながら徐々に透明化させるといったことも可能で、これは手描きでは容易にはできない技法です。それでいて完成した作品のテイストは手描きと何ら変わらないどころか、物によっては手描き以上のクオリティがあり、表現の幅がぐんと広がったことを感じています」
ストックした基本図柄の応用でデザインワークが機動的に
加賀友禅風の作品には、花や鳥などの図柄が繰り返し多用される。そのデザインパーツを元絵としてストックしておけば似た基本図柄を一つひとつ描き起こすことなく、必要に応じて加工するだけで作品作りがスピーディーになる。実際に生地に描く場合と違い、Illustratorなら簡単に何度でも描き直せるため、実験的なデザインを躊躇なく試せるようになったのも大きな収穫だ。
「デザインパーツのストックによってトレースに要する時間も短縮されました。単純作業を効率化することで捻出した時間を、全体の構想や細部の配色などよりクリエイティブな側面に費やせるようになり、創作活動の質を高めることにつながっています」
屏風 湯涌温泉かなや旅館 大広間
加賀五彩(藍、臙脂、草、黄土、古代紫)と呼ばれる色彩を基調に、花、草、鳥などを絵画調にあしらうのが加賀友禅のデザインの特長。ベクター形式のデータはどれだけ拡大しても画像が劣化することがない
クライアントとのスムーズなコミュニケーションを実現
上坂氏の作品はクライアントの依頼に応じてなされるフルオーダーメードであるため、製作過程での顧客との緻密な意思疎通が重要だ。Illustratorを使うようになってからは保存したデザインデータを送信するだけで確認が得られ、お客様の多様なニーズに細部にいたるまでスピーディーに対応できるようになったという。
「色などについて要望が出された場合もワンクリックで修正できるので、以前とは比較にならないほどスムーズなプレゼンテーションをできるようになりました」
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あらゆるオブジェクトに和柄を展開したい
上坂氏の手がける和柄デザインのデジタルプリントは壁紙や壁画にも応用され、住宅や商業施設などのインテリア素材としても人気を集めている。
「これは拡大しても画質が劣化しないベクターデータだからこそできることです。Illustratorによって仕事の幅が広がったこともさることながら、私の作品が以前より多くの人の目に触れるようになったことを嬉しく思っています」
そう語る上坂氏は、日本の伝統画は本来美術品というより、その時代すべての事象と関係し、そこに生きる人々と一緒に呼吸しながら生活空間を彩る“工芸品”と考えている。
「日本人の生活空間から屏風や掛け軸などが失われたことを悲しく思っていましたが、ベクターデータを活用すれば和のビジュアルを時代に合った多様なオブジェクトに展開できます。これからもアパレルやインテリア、サインディスプレイなど、ありとあらゆる素材に花鳥風月をあしらい、日本人のみならず世界中の人々の心をなごませていければと思っています」
伝統画を描くための道具を作る優秀な職人は少なくなりつつあるが、「デジタルツールの性能はさらに進化する可能性を秘めている」と上坂氏。多くの若いアーティストがIllustratorの活用で気軽に和のビジュアルを実践するようになることで、日本の伝統美を次代に継いでいってくれることにも期待しているという。