「オムニチャネル」に成功した企業に学ぶ、リアル店舗とECのリレーションの法則
2017年4月12日、日経カンファレンスルームで開催された日経産業新聞フォーラムでは、「マーケティングインパクト2017 エンゲージメントエコノミー時代の新成長戦略」(主催:日本経済新聞社、特別協賛:マルケト、協賛:アクセンチュア、富士通)と題し、エンゲージメントエコノミーの最新潮流と実践事例について、さまざまな知見、議論が共有されました。
今回は、本カンファレンスの中から、ローソン マーケティング本部 本部長補佐 逸見 光次郎氏による講演内容「『顧客満足を高めるオムニチャネル』~顧客満足と、企業利益のために~」をご紹介します。
株式会社ローソン
マーケティング本部 本部長補佐 逸見 光次郎氏
店舗でもネットでも、ビジネスの基本は「顧客満足度の向上」にある
意外なようですが、逸見氏のキャリアのスタートは、ITでもマーケティングでもありません。
三省堂書店で5年ほど店舗勤務に従事。現在につながる契機となったのは、ソフトバンクのイー・ショッピング・ブックス(現・セブンネットショッピング)立ち上げでした。それ以降、現職のローソンまで、一貫して小売業でEC、ネットスーパー、オムニチャネルといったデジタルビジネスの立上げ、仕組み化に携わってきました。
「どんなビジネス、業態であっても、顧客視点の考え方を基本に、いかにITの活用により省力化を図りつつ、継続的に顧客満足度を高めていくかが大事です」と逸見氏は提言します。
その上で、最初のセクションで語られたのは「世の中の変化とオムニチャネル化」についてです。
逸見氏は市場をとらえる上で注目すべき"世の中の変化"として、以下の4つを挙げます。
1 通信環境/デバイス
スマホ化、Wi-Fi高速化により、通信コストの低減や回線速度のスピードアップが実現していることもあり、デジタルメディアとの接触時間は飛躍的に拡大しています。その中で、いかに自社のサービスにリーチしてもらうかが重要となります。
2 小売市場
小売業販売額は、90年代前半までは右肩上がりだったものの、 "作れば売れる時代"が終わり、97年以降は下降、もしくは横ばいとなっています。ここで逸見氏は、「市場が縮小しているにもかかわらず、多くの企業では、対前年比の売上の話しかしていません」と、小売市場の動向と日本企業の矛盾を指摘しました。
3 EC市場
ここ数年で、飛躍的に拡大したEC市場。2015年の時点で、BtoC-EC市場は約14兆円の売上高となりました。物販系分野では7兆円を突破し、EC化率は5年で約2倍を達成したと言います。しかし、ここで注意すべきは「物販系分野のEC化率はまだ、小売業全体の4.75%に過ぎない」ことだと逸見氏は指摘。
そこで注目したいのは「分野ごとのEC化率」。物販系分野の中でも「例えば、化粧品は対面販売もまだ根強く、EC化率は5%以下。しかし、雑貨・インテリアは17%近く、家電や文具にいたっては、30%におよぶなど、同じ小売業でも差があります。自社の業界は高いのか、低いのか。顧客の動向をつかむためには、分野ごとのEC化率の数字は押さえていくべきです」と逸見氏は話します。
4 消費者
30年前はファミリー世帯が4割を占めていましたが、今や3割弱。「単身・夫婦のみの世帯で半分以上を占める今、『まとめて買うと安くなる』というアプローチは時代遅れ」と逸見氏は指摘します。また、世帯収入は98年以降、減り続けており、消費支出も減少傾向にあります。つまり「たくさん作ったら原価率が下がり、利益が増えるという発想はもはや通じない」(逸見氏)
さらに誤解されがちなポイントとして、「今の消費者は『選んで買う』と言われていますが、商品の選択肢、情報が過剰にあふれる時代にあって、適切な情報を取捨選択することが非常に難しくなっています」と逸見氏。いつでもシームレスにショッピングができるオムニチャネル化が進むのも、"お客様の要求がよりパーソナル化していく"環境、それに伴う消費傾向の変化の結果だと言います。
店舗とECの"評価共有"で、両者のハードルを超えた協力体制を構築
現状を理解したところで、ここからは逸見氏が実際にオムニチャネル化を推進したキタムラの事例を挙げながら、オムニチャネルに関する具体的な解説に入っていきます。
全国約800店舗を展開する「カメラのキタムラ」で知られる同社ですが、実はオムニチャネルで最も成功した企業の一つに挙げられます。
成功のポイントとして、逸見氏は次の3つを挙げます。
1 店舗とECが販促協力
全国店舗でブログによる情報発信を行い、週末セールが開催されるときは、金曜夜にメールを配信。セール告知前にネットでご注文→店舗受取をご指定頂いたお客様も、週末に受け取りであれば来店時にセール価格で販売します。店頭でのアプリ・ネット会員の推奨も積極的に行っています。
2 店舗とECが販売協力
店頭接客時にECタブレットを活用し、店頭にない商品は取り寄せを実施。取り寄せの際も、POSレジと連動しているので、在庫情報を改めて確認をする必要がなく、接客負担の軽減にもつながっています。また、「ネット注文→店受取」にも対応。
3 店舗とECが評価共有
リアルな売上以外にも、「宅配+店受取=EC関与売上」の独自の評価指標を設定。売上という指標を取り合うのではなく、会社への貢献度で評価しています。
上記の取り組みから見えてくるオムニチャネル化の成功のポイントとして、逸見氏は、
・店舗とネットの社内の垣根をいかになくしていけるか
・顧客にとって便利なチャネル(接点)なのか
・企業全体での評価の仕組みが確立されているか
を挙げ、さらに一番大事なのは、
・自社の専門性と顧客ニーズ(仮説)をITでうまくつないでいくこと
だと言います。
つまり、分析データが顧客ニーズを教えてくれるのではない。「自身で仮説を立て、実践しなければなりません。データはあくまでもその検証ツールにすぎないのです」と逸見氏は語ります。
典型的な顧客像、パターン化されたカスタマージャーニーは存在しない
続いて、海外の事例紹介として紹介したのは、イギリスの百貨店、ジョン・ルイス。
ジョン・ルイスは単品管理OKで、店舗の商品はほぼネット注文が可能。現在、顧客の2/3がネットと店舗併用スタイルです。ここで、同社が刊行している『Retail Report 2016』より、ユニークな「新しい顧客の買い物の目的」をご紹介しましょう。
- とにかくすぐに欲しい
→買い物体験に関係なく、即時スマホ購買
- 私を楽しませて、インスパイアして
→家族や友人と楽しみながら買い物したい
- 私にアドバイスして
→ネット上に情報がありすぎ。信頼できるお店でいい選択がしたい
- きまぐれに買い物する
→日用品を買う時は事前調査などして来ない
一人の消費者が、これら4パターンのようにそのシチュエーションに応じて、一見、相矛盾するような欲求、目的で買い物という行動をする。つまり、典型的な顧客像、パターン化されたカスタマージャーニーなど存在しないというユニークなレポートが発表されています。
業績が厳しいなどと言われたりもする百貨店もテクノロジーの力を上手に活用することで、伸びる可能性がまだまだある。さらに世界を代表するような企業であっても、業態シフトにチャレンジしていくことが大事だとわかります。
また、逸見氏によると、イギリスは日本と同様"職住接近"、加えて買い物をするエリアも家や仕事場に近い傾向があり、クリック&コレクト(ネット注文・店受取)が主流だそうです。
先のジョン・ルイスは、自社店舗だけでなく、イギリス全土にガソリンスタンドや新聞スタンドといった、約5000余りの提携受取拠点を擁し、手数料は3.5ポンド(約500円)。「イギリスにおける受取店舗の拡大傾向は、継続していく」と逸見氏は予測します。
「顧客理解・単品管理・組織と評価・社外連携・ITシステム」の全体最適が必須
最後に、逸見氏が現場から得たオムニチャネル化に必須となるポイントを紹介します。
1 顧客理解
・ネット、店頭両方で顧客情報が分断されず、連動しているか
・KPIも商品勘定から顧客勘定(LTV)にシフトしているか
2 単品管理
・社内在庫の一元管理
・取り寄せはEDI(電子受発注システム)によるメーカ在庫と納期の明確化が必須(店舗の負荷を軽減)
3 組織と評価
・顧客に対して横通しで機能するための組織と会議のスタイル
・直接売上(PL)と関与売上(評価)の2本立て
(図・キタムラEC事業のKPI。会計上は店舗売上だが、評価上は店舗とECでダブルカウント。宅配売上+店受取受注=EC関与売上をEC事業の総合評価とする)
4 社外連携
・取引先とのSCMとEDI整備
5 ITシステム
・基幹システムとECフロントシステムをうまく連携するために、ミドルウェアを作成
・ECフロントはこまめに改修、ミドルウェアは計画的に改修、基幹はI/Fのみ改修。小売基幹とEC系をつなげて考え、全社システム視点の仕組みを作る
など、具体的なポイントを紹介した上で、「顧客から見た自社の強みを理解し、顧客中心の仮説を立てながら、商品、サービスを提供する仕組みを構築し、改善し続ける時代が到来する」とし、ネットを活用して商売する時代は変わらず続くだろうと指摘します。
では、利便性が高く、低コストのITツールをいかに活用し、より便利で楽しい買い物によって、顧客満足を高めるか。また、継続的な顧客との関係性をいかに持ち続け、利益を得るか。
それこそが「オムニチャネルの目的だと考えています」と語り、オムニチャネルを推進してきた第一人者として、現場で得た知見、具体的な事例満載の講演を締めくくりました。
マーケティングインパクト2017 特別講演.1 コニカミノルタ様はこちらからご覧いただけます。