MR減少時代に、製薬企業と医師の関係を強化するマーケティング施策とは
- 薬会社は医師が求める情報を的確に伝え、製品の特性を理解してもらうための最適なコンテンツを用意するべきだ
- 訪問回数ではなく、知りたいときに知りたい情報を調べることができるコンテンツの提供によって、医薬品が選ばれる時代になりつつある
- セルフメディケーション時代へのシフトにより、製薬業界に求められる役割が大きく変わりつつある
近年、MR(製薬会社の医療情報担当者)の仕事の在り方が大きく変わった。大きな動きで言えば、2012年4月の「医療用医薬品製造業公正競争規約」改定により、「MRによる医療機関との懇親のみを目的とした接待」が全面的に禁止となった。また医師の多忙やセキュリティ等を理由に、MR訪問の規制を強化している病院も多い。
一方、医療現場の構造自体も大きな変革期を迎えており、MRが担うべき役割が変容しつつある。MR認定センターの「MR白書2016」によると、国内MR数は2013年のピーク(65,752人)から減少に転じており、医療情報提供のあり方に節目が訪れているようだ。
製薬マーケティングのスペシャリストである、医療産業イノベーション機構の佐藤正晃氏に、製薬業界に求められている変革について話を伺った。
プロモーションコードの変更によって求められる「MR像」
そもそもMRは、医師などの医療関係者に対し、自社の医薬品を正しく使用してもらうために必要な情報を提供し、信頼関係を築いた上で、さらなる自社製品を採用してもらうことを図っていた。しかし先述のように、製薬業界におけるプロモーションコードが変わったことで、医師との面会機会の制限や謝礼額の公開など、営業方法の転換を余儀なくされている。
「これまで接待による医薬品の販売促進が多かった一因として、主力商品がプライマリケアー(慢性疾患)中心のプロダクトラインだった、という点があります。例えば、高血圧など生活習慣病の薬は、どの製薬会社の商品を選んでも、有効性に関してさほど大きな違いがなかったのです。しかし、今は各社共にアンメット
ニーズ(いまだ有効な治療法が確立されていない分野の医療ニーズ)の高いスペシャリティ領域に開発がシフトしており、ガンや認知症、希少疾患薬剤といったスペシャリティ製品が主力製品になってきています。そのため医師が薬剤をしっかりと調べた上で選ぶ事の重要性が増しています」と佐藤氏は言う。
つまり、製薬会社は医師が必要としている情報を的確に伝え、製品の特性を理解してもらう必要があるのだ。
現状、大きな製薬会社はMRにタブレットを持たせて説明を行わせていることが多い。ただ、パワーポイントのファイルを読み込ませて、タブレットで表示させているだけであることが多く、タブレット特有の機能を活かしたインタラクティブ(双方向)なやり取りをしているMRはそれほど多くない。製薬会社の差別化につながるような製薬情報を、MRが医師へ的確に伝えるためには、タブレットの特性を活かし、より製品の特徴が伝わるコンテンツを開発することが必要になってくるだろう。
対面営業よりも、「いつでも必要なときに必要な情報が欲しい」
さらに、現場の医師の動向にも大きな変化がある。これまでは、まず対面で薬の説明を聞いてから、薬を採用するという医師が主流であった。ところが「できればMRに会わずに、薬の購入を済ませたい」という医師が増えているという。デジタルに慣れている若手医師は、必要な情報はインターネットを使って調べるという習慣がついており、人から提供されるのではなく、自らネットで調べ納得してから採用したいというニーズを持っている。
また、MRによる訪問制限を埋め合わせる方法の1つとして、webキャストによる製薬の説明会や講義が非常に増えているという。これまでは医師が学会に赴かないと聞けなかった講演と医薬品情報の説明をセットにして、ストリーム配信するというものだ。視聴方法のメインは集合視聴だが、医師個人のPCやスマートフォンでの視聴も可能だ。
「web講演会は、現在の大きなトレンドです。製品の特長を伝えたい製薬会社と、限られた時間で最新の情報を得たいという医師のニーズ両方を満たしています。特に女性医師の多い眼科や婦人科などでは、勤務後や休日にできるだけ自宅にいたいという要望があります。自宅など好きな場所で、学会に行くのと同じ内容を視聴できるweb講演会は、時間と場所に制約を受けないソリューションとして、多忙な医師から評価されています」(佐藤氏)
つまり、医師のもとに何度も足を運べば契約を得ることができた時代から、知りたいときに知りたい情報を調べることができるコンテンツの提供によって、医薬品が選ばれる時代になりつつあるのだ。
ちなみに、web講演会については、徐々に薬剤師からの視聴ニーズも高まってきているという。というのも、薬剤師の業務範囲が拡大しているからだ。国全体のセルフメディケーションへのシフト
により、従来の調剤や服薬指導だけではなく、地域住民の健康相談などが仕事内容に含まれるようになった。さらに薬学部が4年制から6年制になったことにより、その知識を活かして働きたいという向上心の強い薬剤師が増えているという。医師だけではなく、薬剤師をターゲットとしたweb講演会の必要性も高まっている。
かかりつけの病院だけでなく、地域で患者を見守る時代へ
セルフメディケーション時代へのシフトにより、医療現場そのものの仕組みも変わりつつある。「病気になったら病院へ行く」のが当たり前だった時代から、住み慣れた地域で「予防、介護、生活支援」等を行い、より自分らしい暮らしを続けていけるような地域包括ケアシステムの時代へと変化が進んでいるのだ。
「現時点ではまだ、地域包括ケアシステムの取り組みに参加している製薬会社は少ない。しかし利益はもちろん社会的意義の上でも、今までの医師という「点」に対してのアプローチから、地域包括ケアの医療チームという「面」に対してのアプローチへと変える必要性は非常に高い」と佐藤氏は話す。
地域医療を必要とする患者の多くは高齢者であり、慢性疾患を抱えることも多く、継続的に薬を必要とされることが想定される。製薬会社には、より安全で画期的な新薬の開発も求められている。
新薬開発のニーズは、これまで糖尿病や高血圧など、患者数の多い疾患が中心であったが、現在では認知症やがん/希少疾患に開発ニーズが移っている。希少疾患などは症例サンプルを集めるのが難しく、生活習慣病などの薬剤開発に比べて開発費は高額になる。また、患者数が多いと思われるがんに関しても、発症する部位がさまざまであるため、その部位ごとに研究が必要となりコストがかかる。
患者数が少ないことから研究が長期化することを避けるためには、各研究機関でデータが共有できるように繋ぎ、より速やかに情報を集めることが必要だ。
「政府は医療ICTネットワークの推進を行っており、その目的の一つに薬剤の早期開発を掲げています。今後製薬企業にとって様々なICTツールの導入や、それを活用できる人材のニーズが高まってゆくでしょう」(佐藤氏)
このように医療現場の変革が大きく進む中、製薬企業も自らを変革させていかなくては、遅れをとることになる。
取材協力:一般社団法人
医療産業イノベーション機構 主任研究員 佐藤正晃
三菱電機、Sun Microsystems、マイクロソフト株式会社を経て、2012年バイエル薬品株式会社Eマーケティング部長、ニューチャネルマーケティング部長を歴任。経営企画部門でのデジタルマーケティング組織の新規立ち上げ等、製薬企業の様々なマルチチャネルマーケティング施策の戦略策定や実施を行う。現在、株式会社ファストトラックイニシアティブに在籍し、ヘルスケアベンチャー企業向けの起業支援や投資活動を行っている。
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