健康先進国の実現に向け製薬業界に期待される、消費者のセルフメディケーション促進策とは

2016年07月26日


【POINT】

  • 医療制度が充実した日本でも、セルフメディケーションの気運が高まっており、市販薬が果たすべき役割も大きくなっている
  • 消費者の備えるべき薬に関する知識の提供を、製薬業界が強化すべき余地は大きい
  • 製薬業界は、消費者目線でのコンテンツ提供を行い、未開拓の消費者との接触頻度を増やせる好機にある
 

風邪を引いたら、まずお医者さんへ――
そんな習慣は、近い将来大きく変わるかもしれない。消費者における市販薬(ドラッグストア等で購入できる一般用医薬品)の選び方が変化し、簡単な不調なら自分でケアする「セルフメディケーション」の時代へとシフトしつつあるのだ。

その背景に何があるのか、また製薬業界はどのような対策をとるべきなのか、製薬マーケティングのスペシャリストである、医療産業イノベーション機構の佐藤正晃氏に話をうかがった。

 

医療環境に恵まれている日本

先述のとおり、日本では「体調を崩した時にはまず病院に行き、医師の診断を仰ぐ」という行動をとる人が主流だ。地域によっては中学生まで医療費が無料となり、大人でも3割負担の費用で医療機関への受診ができる医療システムが整えられているためである。

その一方で、日本人は亡くなる直前の数カ月で生涯医療費の約半分程度を使うという調査結果がある。医療技術の発達に伴い、治療にかかる費用が増加の一途をたどっているのだ。これが国の財政を大きく圧迫している現状がある。

 

「大きな病気になる前にケアしたい」という健康意識の高まり

「日本人はアメリカなどの欧米諸国に比べ、薬の名前を知っている人が少ない」と佐藤氏は話す。

医療産業イノベーション機構 佐藤正晃氏

アメリカの医療は、自由診療で全額自己負担。体調が悪いからといって、どの病院でも受診できるわけではなく、契約をしている保険会社のネットワークに属する病院しか受診できないなど、さまざまな制限がある。またイギリスでもGP(ジェネラルプラクティス)といって、街のクリニックからの紹介でないと大病院には行けないシステムになっている。

そのような環境のため、欧米諸国では病院にかかる前に自分でケアするという意識が高く、自分が飲む薬については各自で詳しく調べ、薬剤名や効能をしっかりと把握している人が多い。それと比べて日本では、気軽に病院に行けるという安心感から、薬に対する意識が希薄であるという。

しかし、この状況も大きく変わりつつある。政府は2016年4月に「かかりつけ薬剤師制度」をスタートさせた。患者自身が信頼の置ける薬剤師を選び、診療科目を超えて服用する薬を薬剤師に把握し管理してもらえるという制度だ。薬局で調剤された医薬品だけでなく、市販薬や健康食品なども対象となる。健康相談の最初の窓口を、混雑する病院から「かかりつけ薬剤師」にシフトすることによって、自宅など病院以外での医療や療養のネットワークを充実させ、国の医療費負担を抑えることなどが期待されている。

この制度が浸透すれば、市販薬や健康食品に対する消費者の意識も変化すると考えられる。

また消費者に、「未病の段階で治す」という、「予防医療」「セルフケア」の意識が高まっていることも、状況の変化を後押ししているだろう。スマートフォンのアプリを活用したウェアラブルツールなど、個人によるヘルスケアはより身近なものになりつつある。

 

消費者が製薬会社に求めていることとは?

医療システムに変化の兆しが見えるなか、消費者の製薬業界に対する期待も高まっている。「自分の症状にはどの薬を飲むべきなのか」「自分が服薬している薬には、どういった成分が含まれているのか」など、薬剤師に相談する前に、自分で調べたいというニーズは大きい。

アドビが「医薬品や健康食品」の購入において消費者がとる行動を調査したところ、医薬品や健康食品の利用を検討する際に「健康情報や病気情報について検索エンジンで調べる」と答えた人は51.3%、「健康情報や病気情報を提供しているWebサイトを閲覧する」と答えた人は42.1%にのぼった。また、Webサイトに求める情報としては、

  • 病気の原因や健康増進方法などの基礎知識  
  • 医薬品や健康食品の副作用や留意点
  • 病気の症状や健康増進方法が、自分にあてはまるかどうかを確認できる情報

などが上位に挙げられた。

では、このような状況において、製薬会社は消費者に対し、どのようなアプローチができているのだろうか。

「多くの製薬企業では、従来どおり個別の消費者ではなく病院に向けた展開に重点が置かれており、保守的なイメージは抜けない」と佐藤氏は話す。具体例として、消費者に提供している情報が消費者目線で用意されていない点を挙げた。

「一般用医薬品を扱う製薬会社では、消費者向けのWebページを展開しているが、そのほとんどはカタログのように自社商品が羅列されていたり、商品名だけが目立っていたりする作りが多い。体の不調を感じてそのWebページに辿り着いたとしても、薬の名前が並んでいるだけではどの薬が自分の症状に効くのか分からず、消費者はページを閉じてしまうだろう」(佐藤氏)

佐藤氏は、製薬会社が消費者に提供するコンテンツの成功例として、ファイザー社の事例を挙げた。ファイザー社は、スマートフォン端末で利用することができるアプリを複数展開している。例えば、薬の飲み忘れを防止するもの、緑内障の点眼回数を記録するものなど、つい服薬/点眼し忘れてしまうという消費者の悩みを解決し、消費者と薬の関係を良好なものにするサービスとなっている。またWebサイトも、薬の名前を前面に打ち出すのではなく、症状や悩みから薬について調べることができる作りとなっており、消費者が利用するうえで満足度の高い構成となっている。

これらのコンテンツは、消費者にベネフィットを提供するとともに、「薬に対する意識」を育てることにも繋がるだろう。

「ただし、現在では薬の情報をオンラインで届けることに、大きな問題が一つ存在している。それは医師や製薬業界の関わっていない、信頼性の低いキュレーションサイトやまとめサイトが検索上位に上がってしまい、有益な情報が埋もれてしまう状態にあることだ。これは医療/製薬業界が提供するコンテンツのSEO対策が不充分であることが原因と考えられる。情報を求める消費者のために、的確にコンテンツを届けるための早急な施策を行う必要があるだろう」(佐藤氏)

 

デジタル化の波を好機ととらえる

あらゆる業界がデジタル化している現在、製薬業界もその流れに遅れをとることはできない段階にある。デジタルチャネルを通じて、消費者のニーズを的確にとらえ、最適なコンテンツを提供していくことは不可欠だ。

例えば、薬を定期的に飲む人は40代以降の中年層に多いが、彼らはデジタルに慣れ親しんでいない人がまだ多い層でもある。先述の調査でも、ほかの年齢層に比べ「医薬品や健康食品の利用について検討する際、Web検索よりも医師に直接確認する」と答える人の割合が高かった。

しかし、これは「中年層にはデジタル情報が届きにくい」という見方ではなく、「これから狙うべき新しい市場がある」と捉えることができる。

実際、新しい試みとして、市販薬を購入した時に渡す説明書を、デジタル上の詳しい説明ページと連動させる取り組みなどが行われ始めている。薬を利用する消費者が、どのようなコンテンツであれば使いやすいかなどを検討し、提供することで、消費者に新たな薬の価値を届けることができる。

製薬業界はこれをビジネスチャンスととらえ、まだ開拓されていない消費者との接触頻度を増やす好機として、早急に行動をとるべきだろう。

医療産業イノベーション機構 佐藤正晃氏

取材協力:一般社団法人
医療産業イノベーション機構 主任研究員 佐藤正晃

三菱電機、Sun Microsystems、マイクロソフト株式会社を経て、2012年バイエル薬品株式会社Eマーケティング部長、ニューチャネルマーケティング部長を歴任。経営企画部門でのデジタルマーケティング組織の新規立ち上げ等、製薬企業の様々なマルチチャネルマーケティング施策の戦略策定や実施を行う。現在、株式会社ファストトラックイニシアティブに在籍し、ヘルスケアベンチャー企業向けの起業支援や投資活動を行っている。

 

UNITE編集部


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