人工知能/機械学習で何が変わるのか――Adobe Sensei登場のインパクトを探る
- デジタルエコノミー時代の到来で、コンピュータによる自動化は大きな進化を遂げた。それらの技術は、人工知能の研究という下敷きがあってのものだ。
- 産業界では、すでに広義の人口知能が大いに活用されている
- より深く顧客のコンテクストを掴み、顧客体験を最適解するためには、今後、人工知能の活用が不可欠となるだろう
人工知能が注目を集めている。ここ数年間、画像認識技術の進歩では目覚ましい成果を挙げていたのだが、世の中に広くアピールしたのは、将棋/囲碁での成果や自動運転実験の相次ぐ成功によってのことかもしれない。しかし、この人工知能は古くから取り組まれてきたテクノロジーなのだ。では今回、アドビの発表したAdobe Senseiは、どのような意義をもち、どこがユニークなのか。それを探るために、人工知能の歴史から紐解いてみよう。
人工知能という夢
初めて「Artificial Intelligence」という言葉が使われたのは、1956年のダートマス会議であると言われている。このときに、初めてコンピュータプログラムが、複雑な計算をするデモが行われた。当時の反応はそれほど良好ではなかったそうだが、コンピュータが「四則演算だけをできる機械」から「知的作業を行える存在」への期待を込めて見られるようになるまで、時間はかからなかった。
その後、コンピュータ技術の進化と共に、人工知能の研究も進んだ。人工知能は当時の最先端のテクノロジーともてはやされ、世間は多大な期待を寄せた。優れた若者たちが、人工知能の研究の道へ向かった。しかし、膨らみすぎた期待は、いずれしぼんでしまう。人間と同様の知能を人工知能が獲得することは、極めて困難であるとわかったためだ。ガートナーによるハイプサイクル(テクノロジーやアプリケーションの成熟度と採用率を表した図)が示すとおり、人工知能も幻滅期を迎えた。
減速と禁忌からの復活
幻滅期には、かつて投下されていた資金は引き上げられ、新たな投資は望むべくもない。人工知能の研究者たちは、何らかの方法で生き残らなければならなくなった。そして彼らの多くは、コンピュータのエンジニアとして、テクノロジーを生み出す道を選んだ。
やがて、幻滅期が終わった1980年代、テクノロジーの発展が、再び人工知能に光を当てた。しかし過去の経験から、人工知能という言葉そのものが、タブー視されていた。投資家たちにとって、「人工知能は儲からない」という経験はそれほど痛みを伴うものだったのだ。
そして、人工知能という言葉は、一時的に世間から姿を消すことになる。その代わり、「最適化エンジン」や「データマイニング」という言葉が生み出された。最適化エンジンの代表例は、需要予測や適正在庫の算出と維持。データマイニングは、統計手法を取り入れたコンピュータ技術だが、その主要技術の一部は、人工知能の研究で培われたものだ。
デジタルエコノミー時代の到来で、コンピュータによる自動化は大きな進化を遂げた。黎明期には、ECサイトのレコメンデーションエンジンがもてはやされた。顧客のクラスタリングや、併売傾向分析など、あらゆる面でテクノロジーが活用されている。それらの技術は、実は人工知能という下敷きがあってのものと言えるだろう。
コンピュータのパワーアップで第二の興隆期へ
人工知能という言葉が復活を遂げるまでに、もう少し時間がかかる。いまバズワードとして再び注目を集めている「機械学習」という言葉が登場したのは1980年代のこと。しかし、人工知能はまだタブーだった。その機械学習を急速に進めるテクノロジーが登場したのだ。2010年代に入って登場したディープラーニングである。
機械学習は、その言葉のとおり、コンピュータを学習させて鍛え上げ、知性をもたせようとするものだ。当初目指されたのは人間と同様の知性だったが、それは極めて困難だった。しかし、一部であればできるかもしれない。そうして転機が訪れる。画像認識に代表される分野で、大量の画像を読み込ませ、その内容を学習するというアプローチで改善が図られてきた。
その技術が、ディープラーニングによって一気に進化した。ディープラーニングは、コンピュータの処理能力向上と、ビッグデータ解析へのニーズが生み出した新技術だ。この技術により、人工知能の黎明期から取り組まれてきたニューラルネットワークを多層化し、より精度を高めることが可能になった。人工知能は当初期待されていた、「人間と同様の知能を獲得する」ことに大きく近づいた。
汎用化、それとも専用か
ただ、SF作品に出てくる未来のロボットのように、人間と同様の知性を持つ人工知能=汎用人工知能を備えたコンピュータが実現するまでに、まだ超えなければならないハードルは高く、数多い。研究者たちは、ディープラーニングと同様のインパクトを持つ技術的なブレイクスルーがこの先いくつも必要だと考えている。
そこで産業界は現在、適用できるところから特化型の人工知能を利用するという方向にある。たとえば、2016年に人類最高クラスの囲碁棋士に4勝1敗と勝ち越した人工知能のように、ある専門分野を極めた人工知能を活用する可能性を模索しているのが現状と言える。
しかし、よく考えて見れば、産業界はすでに広義の人工知能を大いに活用しているのではないか。金融商品の開発は、データマイニングなしには不可能だ。需要予測の精度は高まっている。製品品質に影響を与える因子が、ビッグデータ解析で特定できたケースも多い。顧客にターゲティングメールを送れば効果的で、アップセル/クロスセルでも成果は出ている。
これらのテクノロジーをビジネスに生かしてきた企業にとって、人工知能は雲をつかむような話ではない。どこに人工知能を適用するべきか、そしてそれをどう活用できるのか、さらにどんな人工知能がビジネスを飛躍させてくれるのかを検討するのが正しいアプローチと言えるだろう。
Adobe Senseiでアドビが示した世界は
アドビは、2016年にクリエイター向けのカンファレンスで初めてAdobe Senseiを披露した。手間のかかる切り抜き作業(画像から一部を美しく切り取り、素材として再利用する)の自動化精度を高めることや、画像の背景を自然なイメージで切り替えることなど、その技術の一端が披露された。これらは、ディープラーニングの初期から成果を挙げてきた画像診断/処理技術の応用だ。
今回、Adobe Summit 2017で語られたのは、その人工知能技術をエクスペリエンス分野へと積極的に展開するという内容だった。注目されるのは、Adobe Marketing Cloudの発展形としてAdobe Experience Cloudをローンチしたタイミングでこの発表を行ったということだ。
深く顧客のコンテクストをつかみ、エクスペリエンスを最適化する領域で、アドビは異常値検出/貢献度分析、セグメント/ターゲティング自動化、広告入札最適化、類似オーディエンス抽出など、すでに特化型の人工知能技術を提供している。
ディープラーニングにはビッグデータが不可欠だが、大量の顧客データを抱えるユーザーを数多く持つアドビがその技術を応用していけば、大きなアドバンテージになる。この取り組みに「Adobe Sensei」という名前を授け、スタンスを明確にしたのだ。
アドビは、この領域で強力なチームを抱えている。そして継続的に、世界中から優れた人材を集め、投資も強化していく。今後、Adobe Experience Cloudには、Adobe Senseiチームの開発したユニークな機能がさらに数多く搭載されていくだろう。
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