V字回復の家電量販店Best Buy:リアル店舗の顧客体験管理でディスラプションを超える

V字回復の家電量販店Best Buy:リアル店舗の顧客体験管理でディスラプションを超える

顧客体験管理(CXM)

は、企業と顧客の関係にどのような変化をもたらすのか。2019年3月に米国ラスベガスで開催されたAdobe Summit 2019では、デジタルを全面的に活かし、自社の変革を成功させた、多くの事例が語られた。なかでも会場から多くの拍手を受けていたのが、大手家電量販店Best Buy が果たしたV字回復のデジタル変革事例だ。かつて業績低迷にあえいでいた同社は、デジタルを活用してどのように再生したのか。そしてその顧客体験向上への取り組みとは。Best BuyのCEO、ハバート ジョリー氏が語った。

ホスピタリティ業界の顧客目線をBest Buyに持ち込む

ホスピタリティ業界の顧客目線をBest Buyに持ち込む

ジョリー氏がBest BuyにCEOとして招かれたのは2012年のこと。経営能力と企業再生手腕は折り紙付きで、レストランチェーンやホテルを運営するホスピタリティ企業のCarlsonを成功に導いたリーダーだ。小売業界の経験はなかったが、Best Buyを蘇らせるために必須の顧客への視線を持っていた。

「多くの人が、“Best Buyはじきに死ぬだろう”と考えていました」と、着任当時のBest Buyの状況についてジョリー氏は話す。EC企業との競合に加え、社内の諍いなどにより、ブランド価値が大きく毀損していた時期だった。

そんな状況の中で、ジョリー氏はドラスティックな変革に出る。店舗から「価格」という概念を取り去ったのだ。「顧客は、店舗で商品や価格を見て、それよりも安い他社のECから買っていました」(同氏)。これは当時、どのリアル店舗でも苦しめられていた、「ショールーミング」という課題だ。そこで、他社より1円でも高ければ差額を払い戻すプライスマッチに、AmazonなどEC大手も加えた。その結果として顧客は、店舗で堂々とインターネットにアクセスし、最安値を調べることができるようになった。

投資は、顧客体験に対して行った。「リアル店舗という体験は、Best Buyのすばらしい資産」(同氏)であるととらえ、店舗を顧客にとってより魅力的なものに変えた。例えば、店舗内にメーカーから出店してもらう施策は、メーカーにとってはブランド店舗出店コストを抑え、Best Buyにとっては利益を上げられるWin-Winなものになった。また、現場で働く店員にも投資し、顧客サービスを強化した。さらに、物流網を整備し、Amazonよりも早い配送サービスを無償で提供した。

価格の面で投資する一方、合計で20億ドルのコスト削減を達成。こうした包括的な取り組みが起爆剤になり、Best Buyは再び成長軌道に乗ることになる。

1万2,000通りの顧客属性、4,000万種類のメールコンテンツ

1万2,000通りの顧客属性、4,000万種類のメールコンテンツ

次の一手は、同氏が「ビルディング ニューブルー」戦略と呼ぶ、モノを売る企業から、顧客に寄り添う企業への変革。顧客の生活を豊かにするために、さまざまなイノベーションを打ち出したのだ。

Best Buyは、カスタマージャーニーを規定し、ジャーニーに含まれるさまざまなタッチポイントのすべてにおいて、発生する顧客体験のデータを蓄積。体験の向上へと活用することで、データドリブン

な企業へと生まれ変わろうとした。蓄積したデータの分析には、人工知能(AI)を活用する。顧客が検索した内容をはじめ、あらゆる情報をAIが分析し、顧客にとって最も便利な買い物体験を提供する。たとえば、オンラインで注文した商品を店舗で受け取り、自宅に帰れば梱包の解き方からセットアップまでを丁寧に解説したメールが届く、といった具合だ。

デジタルマーケティング展開も積極化した。同氏が着任した7年前は、広告費に占めるアナログのマスメディアの割合は8割。それがいまや、デジタル広告

が8割と地位が入れ替わった。広告から流入する顧客や潜在顧客の情報は、すべて蓄積する。Best Buyは、すべてのシステムから顧客情報を統合できるプラットフォームを運用しており、既存顧客か潜在顧客かを問わず、一人ひとりの顧客プロファイルを単一IDで管理している。情報は名寄せされ、彼らの体験を通して1万2,000の属性からその人物に最も適したものが割り当てられる。日々更新されるこの属性データが、個人に対するデジタルマーケティング活動の基礎データになる。

その上で、さらなるパーソナライズを実行する。電子メールを多数送るのは望ましくない。同社のプロモーションメールの種類は、4,000万通り。データを分析することで、顧客が、どのタイミングで、どのような内容のメールを受け取るとストレスを感じないかを導き出し、それぞれの顧客に最適なタイミングで、最適なメールを送信する。

顧客とも、社員とも向き合い、デジタル変革を加速

顧客とも、社員とも向き合い、デジタル変革を加速

顧客プロファイルを使って顧客と向き合い、彼らの体験にフォーカスすることは、新しいサービスを生み出した。「Total Tech Support」だ。年会費200ドルで、家の中にあるありとあらゆる電化製品をサポートする。24時間365日のコールセンターを運用し、ショップでのサポートも受け付ける。Best Buyで購入していない製品も対象だ。

「米国では、オンデマンド放送が人気で、テレビで電波放送を見るケースは少なくなっています。そうなると、トラブルが起きたときに、テレビというハードウェアのせいなのか、インストールしたソフトウェアの不具合なのか、それともルータのせいなのかがわかりません。Total Tech Supportは、影響が考えられる範囲のすべてが対象。電化製品のことならどんな問題にも対処できます」(ジョリー氏)

ジョリー氏は、家にある電化製品のすべてを管理するこのサービスは、高齢者の見守りサービスとしても活躍してくれそうだと考えている。製品のIoT化が進み、スイッチオン/オフのタイミングや使用状況を把握できるようになれば、生活パターンをAIに学習させて異常があれば知らせてくれるような運用が可能になる。そこで同社は、高齢者向けモバイルデバイスメーカーのGreatCallを先ごろ買収した。このテクノロジーが、有償で提供している見守りサービスを補完するものになりそうだ。

デジタル変革には、企業文化の劇的な変化が必要だ。そして、終わりのない旅でもある。

「デジタル企業であっても、フィジカル企業であっても、そこで働いているのは人です。組織の存在意義を従業員に浸透させ、全員が同じゴールを目指さなければなりません」と同氏は話す。「Best Buyは何をする会社か? 私たちは何のために働くのか? 確かに利益を上げることも大切ですが、それは目的ではありません。小売企業は来店数やコンバージョン数を指標にしてきましたが、いまや指標を変えるべきです。私たちの存在意義は、テクノロジーを使ってお客様のニーズにこたえること。従業員個人の目的と、企業の目的が合致すれば、マジックが起きます。この考えをスケールさせることで、変革を進めることができています」(ジョリー氏)

組織を顧客中心に作り変え、顧客体験管理を実現する。Best Buyのこの事例は、ディスラプションの波に立ち向かう多くの企業にとって、学び多いものであるだろう。