【前編】CASIOのD2Cを支えるのは、Adobe Commerceを中核とするECプラットフォーム

カシオ計算機株式会社(以下、カシオ)は、Adobe Commerceを中核とするECプラットフォームをグローバル展開することに成功しました。世界共通のセキュリティを担保しながらブランディングも統一。Adobe Commerce とAdobe Experience Managerを組み合わせた「グローバル標準プラットフォーム」によって、D2C(Direct to Consumer)ビジネスを加速しています。前編となる本記事では、カシオがD2Cに取り組んできた歴史から、今回のAdobe Commerceのグローバルロールアウトまでを紐解いていきます。
33言語で提供される21のサイトが併存
カシオは、日本を代表するエレクトロニクス企業の1社として知られています。そして、そのD2Cビジネスには、2010年代半ばからの歴史があります。
当初は「D2Cをやってみる」という程度の位置づけだったのですが、まずは日本市場で小規模に開始しました。カシオには、G-SHOCKという多くのファンを抱える確立したブランドの存在もあり、立ち上げ時期から広く注目を集めることができました。結果的には、アクセス数も売上も想定を超える規模がありました。
想定を超える収益を出すこともでき、いよいよ日本市場で本腰を入れてD2Cへの取り組みが始まります。また、全世界の主要支社にも日本の状況を伝えました。デジタルイノベーション本部 マーケティングテクノロジー統轄部 統轄部長 齋藤 隆行 氏は、「自社のカバーする地域でもやれそうならやってみると良いかもしれませんよ、という程度の温度感からスタートしています」と明かします。「当時は、やった方が絶対に良い、というほどではなく、それでも、いくつかの支社がD2Cを始めると、お客様から良い反響があったようです」。
その後、各支社での成功体験は伝播し、独自のD2Cサイトを運用するようになっていきます。実際に売上が立ち、D2Cサイト単体で利益を生む構造が出来上がると、各支社は自社のカバーする国/地域に特有のニーズを取り入れた独自のプラットフォームを強化します。顧客の期待にこたえる機能を取り入れ、さらにD2Cは活況を呈します。最終的に、グローバルに見るとカシオ全体として33言語で提供される21のサイトが併存することになりました。
Adobe Commerce とAdobe Experience Managerを中核とする「グローバル標準プラットフォーム」を開発
2019年ごろまでに、各支社が運用するD2Cサイトは高度に洗練されていきます。顧客から支持を受け、利益も出るためビジネスに直接的に貢献します。しかし一方で、各支社が管轄する国/地域のニーズを独自に反映し、自由にシステムを選んでそれぞれに発展させたことで、本社側が用意したビジュアルイメージを各国/地域のD2Cサイトに速やかに掲載できないなど、グローバル全体としてのブランドガバナンスが効きにくくなるという課題が顕在化してきました。放置すると大きなブランド毀損につながるリスクは予見でき、さらにセキュリティ基準が各サイトで共通化されていないため、一部の国/地域のセキュリティレベルが低いまま運用され続けても本社側で検知できないという課題も認識されるようになりました。
「2020年のコロナ禍が転機になりました」と齋藤氏。「人が外に出なくなる上に、販売店が閉鎖されてしまいました。この時期にwebを通して消費者にブランドを直接訴求し、実際の売上にもつながるD2Cの重要性が増したのです。アフターコロナの市場状況を考え、V字回復するためにもグローバルD2C基盤をこのタイミングで整備しようという意思決定がなされました」。
新たなプラットフォームの目的は、ブランドガバナンスを整備し、グローバルで統一したセキュリティ基準で管理しながら、D2Cビジネスを展開すること。カシオは当時、すでにAdobe Analyticsをさまざまなプロジェクトで活用しており、Adobe Analyticsと親和性の高いAdobe Experience ManagerとAdobe Commerceを採用することで、アドビのソリューションを中心とするwebとECを包括したプラットフォーム構想を固めました。
このプロジェクトは、2020年8月に開始。Adobe Commerce とAdobe Experience Managerの導入を並行して進め、2021年3月にまずはAdobe Experience Managerを稼働させてwebサイトをリニューアル。販売機能を除くブランディングサイトとしての運用をスタートさせました。その1か月後の4月にAdobe Commerceをリリース。ECサイトを統合した新たなD2Cサイトが世に出ることになりました。
アドビ主催のイベントでは、齋藤氏(写真右)は自社のグローバルビジネスを事例として語る。
足掛け4年のプロジェクトが完結 グローバルのwebとD2Cを統一プラットフォームで提供
この段階ではスコープを日本市場に絞っていたため、新サイトはグローバル標準プラットフォームの各支社へのお披露目でもありました。各支社の担当者とは、事前に議論を重ねてwebサイトのプラットフォームをグローバルで一元化することについて理解を得ており、段階的にしっかりと時間をかけて移行していくことでも合意していました。
ただ、売上規模の大きな地域はそのぶんwebサイトもECサイトも高機能になっています。ローカルのニーズは幅広く、その地域でなくてはならない顧客ニーズにこたえられるようになっています。そのため、まずは日本で稼働させたAdobe Commerce とAdobe Experience Managerをアジア太平洋地域に限定してロールアウトし、グローバル標準プラットフォーム自身を洗練させていくという方向性で以降のプロジェクトを進めることになりました。
2021年6月に台湾、7月シンガポール、78月マレーシアと矢継ぎ早にロールアウトし、21のサイトを段階的にグローバル標準プラットフォームに置き換えていきました。足掛け4年のプロジェクトは、2025年についに完了します。現在ロールアウトを進めている英国が一元化対象となった18か国の最後で、5月にロールアウトを果たしました。
各国や地域のニーズを柔軟に取り込む
グローバルロールアウトにあたっては、各国や地域のニーズを柔軟に取り込むことが必要になります。そのために、設計段階からグローバルで共通利用する部分とローカル向けにカスタマイズおよびアドオンできる部分を切り分け、GRA(Global Reference Architecture)を規定しました。なお、グローバルで共通利用する部分に機能を取り入れる際には、売上への貢献やニーズの多寡をプロジェクトメンバーが検証し、優先度が高いと判断したものから順番に機能開発を進めるというやり方で各支社の担当者は合意しています。
齋藤氏は、「D2Cでお買い求めいただいている商品の大半は時計ですが、各支社が共通して販売しているのはそれに加えて電卓と楽器です。電子辞書やラベルライター、AIペットのMoflin(モフリン)もある日本が最も幅広く商品を取り扱っていますが、基本的なものはすべて標準機能でカバーできています」と話します。
ローカル向けのカスタマイズやアドオンについては、各国/地域に独特な商習慣やニーズで、さまざまなものがあります。たとえば、EU圏内では個人データ保護にかかわる規則(GDPR)に準拠することが不可欠です。フランスでは、教育機関向けに関数電卓をブランディングおよび販売するB2Bサイトの重要性が高く、多くの教師が専用サイトにアクセスしてくれています。米国では、独自のポイントプログラムを設け、顧客がポイントを貯めるとノベルティグッズと引き換えるなど、顧客ロイヤルティを高める施策として運用しています。これらの機能は、各支社のビジネスにとって極めて重要です。そのため、プラットフォームそのものは標準化しつつ、ローカル個別の要件をアドオンとしてうまく連携させ、同様のセキュリティ基準で保護できるようにしています。
また、グローバル標準プラットフォームは、カシオの基幹システム(受注/配送/商品/在庫管理)とも連携することになります。すでに基幹システムは共通化していますが、各支社が独自のニーズを取り入れてそれをカスタマイズしています。そのため、Adobe Commerceと基幹システムとの連携の際には個別のカスタマイズ対応が必要。基本的な連携ニーズはグローバル共通機能で充たしながら、各支社の基幹システムの仕様を読み解き、柔軟かつ確実にロールアウトを進めていきました。
こうして現在、カシオのグローバル標準プラットフォームは、4インスタンス(APAC,US,EMEA,UK)のAdobe Commerce と1インスタンスのAdobe Experience Managerで運用されています。Adobe Commerceのインスタンスを分けているのは、タイムゾーンに合わせてだれかが万一の際に対応できる状態を作るためで、グローバル共通機能は同じものを利用し、適宜ニーズに応じてローカル向けの機能を利用しています。後編では、グローバル標準プラットフォームの運用において工夫している点を中心に、よりプロジェクトを深掘りしていきます。
齋藤氏はプロジェクトメンバーを率いて毎年渡米。アドビ本社の役員と直接議論する場を設けて、製品へのフィードバックなどを行なう。(写真はサンノゼのアドビ本社)