【後編】CASIOのD2Cを支えるのは、Adobe Commerceを中核とするECプラットフォーム

カシオ計算機株式会社(以下、カシオ)は、Adobe Commerceを中核とするECプラットフォームをグローバル展開することに成功しました。世界共通のセキュリティを担保しながらブランディングも統一。Adobe CommerceとAdobe Experience Managerを組み合わせた「グローバル標準プラットフォーム」によって、D2C(Direct to Consumer)ビジネスを加速しています。後編となる本ブログでは、グローバル規模のプラットフォームを運用する工夫を中心に、アドビのコンサルティングサービスについても紹介します。
前編で述べたとおり、カシオのグローバル標準プラットフォームは、4インスタンスのAdobe Commerceと1インスタンスのAdobe Experience Managerという構成です。この巨大なシステムは、グローバル各支社の担当者が運用管理にあたり、日本の本社担当者が取りまとめています。デジタルイノベーション本部 マーケティングテクノロジー統轄部 UXプラットフォーム部 DevOpsグループ グループマネジャー 後藤 理華 氏は、現場担当として、この巨大なシステムをより生産性高く、かつ高品質に管理できるよう、最適化しています。
App Builder(※)によるマイクロサービス化で、アップグレードに伴う作業を最小限に
さまざまな機能開発、システム保守・運用の工夫の中で、App Builderの活用は大きな成果に結びつく期待を持っています。各支社の基幹システムとの連携で活用を始めており、システム連携部分やグローバルプラットフォームの拡張における使い勝手の良さをメリットと感じています。そして今後は、Adobe Commerceのメジャーアップグレードの際に安全かつ低コストに移行を実現する手段としても活用したい考えです。
後藤氏は、「App Builderを使えば各種機能を適切な粒度にマイクロサービス化できます。そのため、アップグレードする際に影響を受けるサービスとそうでないものを切り分けやすくなり、アップグレードを進めやすくなると見ています」と話します。機能間の依存関係が少なくなることで、改修時の敏捷性や柔軟性が向上。システムを大きなひとつの塊ではなく、マイクロサービス群としてとらえ直すことで得られるメリットです。
「メジャーアップグレードは3年に1度程度の頻度で計画しています。次期バージョンの新機能のメリットを得たい一方、アップグレードに工数がかかりすぎると試算されると、その人的コストとメリットを比較検討せざるをえません。App Builderをうまく使えば、拡張性を保ちながら人的負担を大幅に引き下げ、結果としてTCO(Total Cost of Ownership)を下げることができると期待しています」(後藤 氏)
※エンタープライズ規模の開発において、Adobe Experience Cloudのソリューションを拡張するカスタム web アプリケーションを構築および展開し、アドビのインフラ上で実行するための包括的なフレームワーク。
Adobe Summit Japanでカシオのグローバル標準プラットフォームを紹介する後藤氏。来場者からの満足度も高いセッションとなった。
リグレッションテストの自動化は目前
次に、テストの自動化です。テスト工程に人的リソースを使うことは、機能開発のコストの一部として計算されます。また、人に関わる工数はテストにかかる時間とほぼ同義で、新機能のリリースに品質保証の時間を要してしまうという問題も発生します。
テストの中で最も手間がかかるのは、リグレッションテストです。リグレッションテストは、新規機能のテストとは別に、機能を通過するプロセスが他の機能に影響を与えてしまわないかどうかを判別するためのもので、新機能リリース時に意図しない不具合が発生しないかを確認するために必須となります。多くの場合、機能単体のテスト以上の工数が必要になります。
以前は手動で実行していましたが、相当な工数を割いていました。Adobe Commerceには18ヵ国が利用する4つのインスタンスがあり、すべてのインスタンスで同一のシステムを稼働させる必要があります。そのため、それぞれのインスタンスで適用されている機能に対応したテストシナリオを作成し、4つのインスタンスのそれぞれで実行、結果を確認する必要があります。
現在、購入処理からリグレッションテストを自動化する取り組みを進めており、まずは米国のサイトにおいてほぼ完全な自動化に成功しました。不具合の検知、および不具合発生理由の特定までを自動化できまして、米国以外の国でも自動化を進めているところです。今後は、アドビと協力しながら、テストのシナリオとスクリプトの作成にカシオの人的リソースを極力使わない運用スタイルも取り入れていきたいと考えています。
コンサルティングサービスとAdobe GDCを活用
カシオの人的リソースの代わりを務めてくれるのが、Adobe Global Delivery Center(Adobe GDC)です。Adobe GDCは専門ノウハウのあるアドビのオフショア開発部門で、アーキテクチャの設計、機能設計、開発、品質保証など開発プロセスの主体として、プロジェクトチームが求める要件に基づき、開発や運用を推進してくれます。
後藤氏は、「Adobe Experience ManagerもAdobe Commerceも、ITの専門的な知識を持っていない担当者でも容易に扱うことができます。とはいえ、やりたいことのすべてを現場担当者の手作業だけで賄えるかと言えば、それは難しいところでしょう。そうした部分について、アドビの日本のコンサルタントチームとAdobe GDCの支援を受けて、仕上げてもらっています」と話します。
「以前は、webページの画像を貼り替えるだけでもシステムインテグレーターに委託してそれなりの費用を支払っていました。対して、いまでは簡単な作業なら内部リソースだけで完結できます。私たちのスキルでは難しいと判断すれば、Adobe GDCにお願いすることになりますが、そのコスト圧縮のインパクトは以前と比べものになりません。
アドビの日本のコンサルタントからも手厚い支援を受けています。コンサルティングサービスを契約するメリットは、カシオのビジネスニーズを深く理解した上でアーキテクチャや機能の設計/開発を共同で実施できること。今回のプロジェクトでも、コンサルタントは要件定義の段階から必要なアーキテクチャや機能の提案と設計、Adobe GDCと協働して開発のサポートを行ってきました。短期的な解決策の提示だけでなく、中長期的な運用を見据えた提案に価値があり、効率的な運用を可能にするグローバル標準プラットフォームがリリースできたことに大きく貢献しました。」(後藤氏)
このように、意思決定と運用の主体としてのカシオを中心に、的確なアドバイスを提供するアドビの日本のコンサルタント、そしてきめ細かな業務支援をオフショアで提供するAdobe GDCと役割を切り分けることで、費用対効果の高いプロジェクトを進める体制が整えられました。
アドビソリューションの追加で、グローバル標準プラットフォームを進化
カシオでは、グローバル標準プラットフォーム上でより豊富な機能を提供するべく、アドビソリューションのさらなる活用も図っています。
顕著な成果を得られたのは、Adobe Journey Optimizerです。主に“カート落ち対策”として投入した機能ですが、Adobe Commerceの標準APIと連携し、リアルタイムのクーポン提示などのユースケースも実現しており、それらが売上にも貢献しています。成果はCVR(コンバージョン率)の37%アップとして目に見える形で示されています。
Live Searchの活用もスタートしています。これは、Commerce SaaSサービスのひとつで、Adobe Commerceと分離したサービスとして機能を提供するため、本体にパフォーマンスの負荷を与えず柔軟にサービスを進化させることができることが特長です。英語による検索に実績があるため、欧米で先行導入する計画で、最後のロールアウトとなる英国のD2Cサイトにおいて、リニューアルと同時に稼働を開始しました。サイト訪問者が検索ワードを入力している最中に検索結果をサジェストしてくれ、検索結果を高速に取得できるため、顧客体験の向上と売上への貢献を期待されています。
「共通プラットフォームづくりは、カシオのものづくりと少し似ている」
今回のグローバルプロジェクトにおいて、カシオでD2Cに取り組んでいるグローバルのメンバーは議論を重ねながら、1つのチームとして共に同じ目標を持って進んできました。
デジタルイノベーション本部 マーケティングテクノロジー統轄部 統轄部長 齋藤 隆行氏は、「カシオのグローバルメンバーと、アドビのコンサルタントを含めて、かかわってくれたすべての人がひとつのチームになったことを実感できました」と話します。「いまは営業部門のDXを本格的に進めている最中です。今回のプロジェクトで、D2Cチームには良い文化が根づきました。戦略や戦術は自分たちがやらなければなりません。ノーコードでできることは、自分たちでもできます。一方、専門知識はコンサルタントの知見を頼る必要がありますし、実務の中でもAdobe GDCの支援を受けた方が効率的な仕事もあります。それらを的確に判断して切り分けながら、仕事を最適なやり方で進めていくやり方は、全社にフィードバックできると考えています」。
さらに齋藤氏は、これまでのプロジェクトについて、グローバルで共通のものを作り上げる大変さはあったものの、仕事の喜びも大きかったと振り返り、「カシオはデジタル技術でイノベーションを起こしてきたものづくり企業。共通プラットフォームづくりは、カシオのものづくりと少し似ているのかもしれません」と笑顔を見せます。プロジェクトは今後も続きます。そして、D2Cビジネスの損益は経営層に提示し、ビジネスに貢献できているかどうかをチェックされます。アドビと協力して費用対効果の高い運用体制を確立し、顧客のニーズを先取りする機能強化を図りながら、これからもカシオのグローバルプラットフォームは進化を続けていきます。
後藤氏はインドに渡航してAdobe GDCのメンバーとも直接ディスカッション。より良いパートナーシップのため、アドビのオフショア拠点ともFace to Faceのコミュニケーションをとる。