20年後、未来のマーケティングはどうなる?
連載
アドビのコンサルタントが語る“My Experience”
「企業は常に一貫したメッセージを顧客に届けましょう」「自社のサービスや製品を必要とする人をターゲティングし、その層に向けてメッセージを発信しましょう」など、マーケティング施策にはいわゆる“王道”があります。いまさらそんな当たり前のことを、と思わず、実際にアドビ システムズのSTAACコンサルティング部がクライアント企業と共にこうした施策を実施したところ、驚くほどの成果を上げました。STAACコンサルティング部の櫻井秀一部長にそんな事例を紹介いただきながら、王道を超え、未来のマーケティングがどのように進化していくのかを伺いました。
聞き手:フリーライター 岩崎 史絵
分析からコンテンツ戦略、配信までトータルでカバーするSTAACコンサルティング部
櫻井さんのいらっしゃるSTAAC(スターク)コンサルティング部では、デジタルマーケティングの先進的な取り組みを多数やっていらっしゃると聞いて、お話を伺えるのを楽しみにしていました。
櫻井 先進的な取り組み……とは少し違いますね。もう少し正確にいえば、「古くて新しい試み」です。目新しい施策ではなく、むしろスタンダードな方法なのですが、実際にスタンダードをしっかりやっている企業はあまり多くありません。そこでひとつ、しっかりしたデジタルマーケティングのプラットフォームで、スタンダードな施策をやってみたところ、確かな手応えを得られたわけです。
その取り組みをお聞かせください。
櫻井 その前に、まずSTAACコンサルティング部について簡単に紹介しますね。当チームはいうなれば、アドビが持つさまざまなデジタルマーケティングソリューションのうち、エンタープライズコンテンツ管理のAdobe Experience Manager以外の製品のコンサルティングを行なっているチームです。もう少し踏み込んでいうと、売上向上に貢献するために、キャンペーン管理や分析ツールをどう使っていくかを提案する部門 です。
キャンペーン管理のAdobe Campaignや分析用のAdobe Analyticsなどは、アドビ社内でも使用しており、それを社外のお客様にもご利用いただけるように提案するのが私の役割です。
とはいえ、Adobe Experience Managerのチームとまったく別々に動いているわけではありません。実際にはほとんど垣根がなく、コンサルタント同士の交流も活発ですし、プロジェクトによっては人材の行き交いがあることもあります。
強いていえば、Adobe Experience Managerチームはwebコンテンツと関わりがあるので、導入や実装に当たってはITエンジニアが必要になります。これに対し、われわれの部隊はITの知識をベースとしつつ、よりマーケティングに近い提案をする。Adobe Experience ManagerはIT寄り、私たちはマーケティング寄りと考えていただくと、わかりやすいと思います。
そのため、クライアント企業のCMOの方や、マーケティング戦略会議に参加する機会も多いんですよ。先ほどお話しした「古くて新しい試み」は、こうしたマーケティング戦略から生まれたものです。
古くて新しい、というのはどういうことでしょうか?
櫻井 2つあります。1つは、「広告出稿からwebサイト、オウンドメディアに至るまで、すべて統一したメッセージを出しましょう」というもの。もう1つは、「ターゲティングした層に、最適なタイミングでプッシュする」という取り組みです。どちらも当たり前に聞こえるかもしれませんが、実際にやってみると、大きな成果が出た****んです。
語り尽くされた「王道」のやり方こそ、成果が出る理由
具体的な施策内容を教えてください。
櫻井 1つは、あるECサイトです。過去1年以内にそのECサイトで購入したことがある層を2つに分けてA/Bテストを行いました。施策時期に合わせ、1つのグループには「母の日にプレゼントを」とメッセージを統一し、もう1つはまったく何もしませんでした。すると、統一したメッセージを受け取ったグループは、そうでないグループに比べ、コンバージョンが10%も上がった んですね。
アドビには、企業のwebサイトやメディアを管理し、ターゲティングした層に統一したメッセージを送るソリューションがフルでそろっていますが、これを全部組み合わせて王道施策を試みたところ、これだけの結果が出たんです。やっていることは王道で目新しいものではないのですが、これだけはっきりとした違いが出る というのは、ちょっと面白いでしょう。
もう1つは、デリバリーチェーンです。デリバリーや飲食サービスはもともとペルソナの策定やターゲティングが難しいんですよ。たとえば「30代女性」というペルソナを設定して、そこにターゲットしようとしても、実際に来店するのは決してそれだけではない、むしろ「多種多様な人がなぜか来店する」ということがほとんどなんです。
加えてデリバリーの場合、同業他社が競合になるかといえば、決してそういうことわけではなく、中食(注1)という分野で見れば、お惣菜屋やコンビニ、ハンバーガー屋さんも競合になるんですね。
だから 本当に必要なのは、「なぜこのデリバリーサービスを選んだのか」という動機を探ること なんです。そのためこの企業は、外部の広告代理店や調査会社を使ってデリバリーサービスに対するニーズを洗い出すと共に、われわれのチームは購買データやwebサイトの来訪者を掛け合わせて分析して、調査結果と付き合わせ、「特定の時間帯になると、母親からの注文が増える」という仮説を出しました。お昼前の11時や、夕食の献立を考える夕方4時〜5時になると、「今日はデリバリーにしよう」と考える人が増えるんですね。この仮説は、「ママの知恵(仮称)」と名付けられました。
そして顧客リストから、ママの知恵に該当しそうな人をターゲティングして、最適なタイミングでターゲティングメールを送ったんです。どれくらい反応が上がったと思いますか?
前述のECサイトと同じ、10%くらいでしょうか?
櫻井 残念、ハズレです! 約30%上がりました。この施策のポイントは、タイミングとターゲティングとコンテンツ、つまり「誰に何を、いつ送るか」ということと、もう1つはその内容 です。送るコンテンツはメールと決めていたので、最も目につくサブジェクトと内容、テーマについて提案させていただいて、それを一部採用したことで成果が出ました。
ただし、これも特に目新しい話ではありません。ただ、ターゲットの捉え方や、そのターゲットに適切なコンテンツを出すというシンプルな施策で、効果はすごく出る なという事例です。
さまざまな人の購入動機は、どうすれば把握できる?
目新しくはなくても、基本的なことをしっかりやるだけで結果がこれだけ違うというのは驚きです。
櫻井 そうなんです。だから、いまさらなんて思わず、王道といわれることはやった方が絶対にいいんです。
特にデリバリーサービスのように、時間や場所、立場で動機が変わってしまうようなサービスは、その変化をしっかり捉えながらターゲティングしていけば結果は出るんです。
変化する動機やターゲットを捉えるにはどうすればいいのでしょうか。
櫻井 いろいろなデータや実績、あるいは調査結果などを含め、統合的に分析することが必要だと思います。これも古くて新しいかもしれませんが、そこで出てくるのはビッグデータなんですよ。Adobe Analyticsのような分析ツールを使えば、単なる購買頻度だけでなく、時間や場所などを含めていろいろな視点で調べることができます。そ こから新しい施策をつくったり、または外部の調査データなどを組み合わせてより確度の高い仮説を組み立てたり など、そういった取り組みが求められるでしょう。
社内のデータだけでなく、外部のデータも組み合わせるわけですね。
櫻井 そう、データをいろいろ組み合わせれば、いろんな切り口が見えてきます。
日本ではファーストパーティ(自社が持っている)データと、調査データや統計情報など第三者が提供するサードパーティデータを組み合わせる取り組みが一般的ですが、パートナーやグループ企業同士、または自分たちのデータを売買し合って利用するセカンドパーティデータを使った取り組み事例はほとんどありません。ですが、自社のデータだけでなく、本当にさまざまなオーディエンスデータを組み合わせた方が絶対に仮説の幅が広がるんです。
実はアドビでは、Adobe Analytics Cloudのデータ管理プラットフォーム(DMP)であるAdobe Audience Managerを通じて、企業が持つデータの流通や売買を可能にするデータマーケットプレイス「Audience Marketplace」を7月にスタートしました。個人を特定しないクッキーデータをメインとしており、これにより安全にオーディエンスのインサイトを深掘りできます。
またAudience Marketplaceでは、データプロバイダとしてインティメート・マージャーやインテージ、マクロミル、どこどこJPなど7社と提携し、より高度で詳細なオーディエンス分析を支援しています。自社のデータを有効活用しつつ、他社とも連携を取りながらビジネスをより向上させるプラットフォームとして、多くの企業に活用していただきたいですね。
いまの子どもたちが大人になった時のマーケティングは?
より精緻に確度の高いマーケティング施策が可能になるわけですね。それが進むと、将来的にマーケティングはどうなっていくのでしょう。
櫻井 いまはペルソナを策定し、そのペルソナを永続的に追うマーケティングですが、個人的には「動機が生まれる瞬間」に興味があるんです。先ほどのデリバリーサービスの事例もそうですが、多様な人々がそのサービスを選ぶのは、何か動機があるはずです。その動機を、さまざまなデータを使ってどう特定していくかが鍵になる と思います。動機を捕まえることで、企業が設定するペルソナ主軸ではなく、人が自然にそれを選ぶようなマーケティング施策が可能になる と思います。「人間工学的なマーケティング」とでもいいましょうか。
そのためには、もう1つ、あることについても考え直す必要があります。
それは何でしょうか?
櫻井 コミュニケーションチャネルです。これまで企業は、メールやアプリやLINE、広告などさまざまなチャネルでお客様とコミュニケーションを取っていましたが、お客様にとって、それぞれのチャネルの使い方や位置付けは異なる はずなんです。たとえば「LINEの通知がたくさん来ると鬱陶しいけど、アプリ通知やメールならOK」などありますよね。その人によって心地いいチャネルで、最適なタイミングで最適な提案ができるように、これからチャネルの活用も進化していくかもしれません。実際に大型ショッピングモールなどでは、O2O施策として「近くにいる人に最適なチャネルでプッシュ配信をする」という取り組みに興味をもたれる方も多く、私たちもそういうニーズに応えていくつもりです。
ちなみにAdobe Analytics Cloudでは、Amazon AlexaやApple Siri、Google アシスタントなどに対応し、顧客が発話した音声データを分析して詳細なパーソナライズを実現する機能を発表しているんです。だから「お腹が空いたな」と一言つぶやけば、AIスピーカーが自動で「食べたいもの」をお店に注文して、15分後に出前が来る、という世界が来るかもしれません。
極端なことをいえば、未来の人たちは、身体に身に付けたさまざまなデバイスを通じて、脳波や体温や発汗などのバイタルデータをクラウド上に流し、その状態を判断して、企業が必要なものをさっと提案する。生きて歩いているだけで、必要なものがすぐに届く時代になるかも しれませんね。
※アドビが米国で開催したAdobe Summit 2017のComunity Pavilion(展示スペース)ではEmotion Camberと呼ばれるブースを設置し、来場者が一連の動画を見て、どのように感情が変化したかを分析しました。
それは便利なような、怖いような(笑)。でもそういう世界を見てみたい気もします。
櫻井 わかりませんよ(笑)。小学生のうちの子どもを見ていると、デバイスの操作はもちろん、ECサイトの不具合やその原因をすぐ特定するなど、本当に「デジタルと共に暮らしているんだなあ」と驚くことがあります。いまの子どもたちが大人になったら、マーケティングはまた全然別物で、我々では予想できないすごい仕組みになっているかも しれません。
どう進化していくか、アドビがその進化にどう貢献していくかが楽しみですね。ありがとうございました。
注1:家庭外で調理された食品を配達または購入し持ち帰り、家庭内で食べること
今回インタビューした櫻井が、日本最大級のデジタルマーケティング カンファレンス Adobe Symposium 2018のセッションに登壇します。
S-39 9月5日(水)14:20~15:00
「新しいビックデータ時代におけるデジタルマーケティングの近未来」
ぜひご参加ください。