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- 1 老舗銀行は、顧客体験重視の新しいコミュニケーション方法をいかにして実現させたのか?
老舗銀行は、顧客体験重視の新しいコミュニケーション方法をいかにして実現させたのか?
2016年06月02日
【POINT】
- 消費者の情報リテラシーが高まるなか、金融業界には「顧客体験」重視のサービスによる差別化が求められている
- ナショナルオーストラリア銀行(nab:National Australia Bank)は、競争優位性を高めるために必要な2つの能力を獲得することで、顧客体験重視の新しいコミュニケーション方法を実現した
- 顧客体験重視のために24時間いつでも利用できるサービスへと刷新することで、生産性を400%向上させた。
PC、スマホなどのデジタルデバイスが急速に普及し、消費者は24時間、日常のあらゆるシーンで膨大な量の情報に接することが当たり前になった。消費者の情報リテラシーは高まっており、自分のペースで、いつでもどこでも自由に情報を得られることを当然のことと捉えている。
企業が提供するサービスについても同様だ。例えば銀行は、かつては限られた時間にしか、サービスを利用することができなかった。しかしいまは違う。ネットバンキングなどを通じて、顧客は自分が利用したいときに利用できる利便性を享受している。消費者と銀行の関係は、大きく変化しているのだ。
お客様と同じスピードで行動できなければ、それは敗者になるということ
「現在、自社のインターネットバンキングの71%は、モバイルで行われている」と話すのは、ナショナルオーストラリア銀行(以下、nab)のIT部門トップ、トッド コープランド氏だ。nabは、1860年に創業されたオーストラリアとニュージーランドを拠点としている銀行で、150年の歴史を誇る。

「150年もの間、世界は大きく変わっていきましたが、私たちが一貫して変えていないこと、変わっていないことは、お客様との関係性と信頼性を最も重要だと考えていることです」とトッド氏。かつては対面を重視していた保守的な社風の銀行も、顧客のニーズに向き合うことで、自社の意識そのものを変革しつつある。
例えば、先述のインターネットバンキング。1日の総ログイン数は約240万に及ぶが、10万人以上が深夜0時から朝6時までの間にアクセスしている。つまりサービスを夜中、どこででも利用できることに、顧客の大きなニーズがあったのだ。彼らは顧客の利用傾向を時間帯別に見ていくことで、その顧客ニーズをつかむことができた。逆に、そのニーズに応えることができなければ、顧客は確実に期待を裏切られ落胆したことだろう。
ではどのようにして、nabは変わりゆく顧客ニーズに応えられるようになっていったのであろうか。その大きな変革は2013年だったとトッド氏は語る。この年、nabは顧客体験を提供する基盤を導入し、顧客のニーズにスピーディーに応えられる体制を整えたのだ。
そもそも金融業界は、数字という物理的な形のない商品を主に取り扱っており、顧客はその商品の良し悪しを実感しにくい。そこで他社との差別化の要因となるのは、サービスを利用する過程で目にするコンテンツや、顧客が実際に体験して得た満足感だ。そのため銀行は、顧客の期待に沿ったサービスを提供するために、顧客体験を包括的に設計して顧客に届ける必要がある。PCでもモバイルでも、またタブレットであっても、デバイスに左右されることなく求めるサービスを享受できなくては、顧客が満足感を得ることは難しい。
それまでのnabは、事業統合を経てきた背景もあり、9つのシステムを保持していた。顧客に届けられるサービスには一貫性がなく、顧客体験もバラバラであった。これを解消するため、彼らは2013年、顧客体験を産み出すマーケティング基盤をAdobe Marketing Cloudへと統合した。

その効果は明らかだった。サービスを優れた顧客体験を提供するものへと変革することができたのだ。売上は30%向上、顧客エンゲージメント20%向上、サービス提供にかかる社内の生産性400%改善という数字を実現した。
例えばサービス利用開始の申し込みステップ。nabは調査とテストを繰り返し、顧客にとって利便性の高い形に改善した。より便利なサービスを期待する消費者の心理を考えれば、求める情報を容易に得られ、利用開始するための登録ステップも簡単で判り易い銀行を選ぶのは当然のことだろう。

しかし以前はちょっとしたWEBサイトの変更でも9ヵ月間もの時間を要していたという。
「私たちにとって顧客体験はとても重要です。それにもかかわらず以前はスピードがなかった。いまの時代、お客様と同じスピードで行動できなければ、それは敗者になるということなのです」とトッド氏。彼は、GEの元会長ジャック・ウェルチの次の言葉を掲げた。
競争優位性を高めるために必要なのは、2つの能力だけである。
それは、競合より早く自社の顧客を理解する能力と
その知見を競合より早く活動に適用する能力だ。
パーソナライズにより顧客のニーズを満たせば、結果が得られる
nabは、マーケティング基盤を統一したことによりスピードを得て、世界約150カ国からログインしている彼らの顧客に対して、一貫した体験をさまざまなデバイスを通して24時間提供することが可能になった。彼らは現在、ABテストはもとより、マルチバリエーションテストなどさまざまなテストを行っている。またオーディエンス管理などを利用して顧客のパーソナライズを進めている。
「2015年、我々は13のキャンペーンを実施しました。その結果、クレジットカードの入会申し込みのCTRが300%増加しました。アプリでは23%の増加です。またパーソナライズ(顧客一人ひとりの属性や行動履歴に基づいて最適化)して提供した顧客体験のインプレッション数は36万にも上りました。これらの成果が差別化の要因になり、我々は競合優位性を確立しています」(トッド氏)

nabの行ったパーソナライズの検証では、全体の4%だけをパーソナライズしたところ、クリックした人の77%が、そのパーソナライズした4%から流入した人であったという。つまり、パーソナライズで顧客のニーズをより満たすことによって、結果が得られるということを実証したのだ。
デジタルを可視化することで、企業文化を変える
銀行業界は、過去、必ずしもデータを上手に活用できていたわけではない。しかしいま、データを活用することで顧客の行動を可視化することができる。顧客がWebサイトでどのように行動したかが手に取るようにわかるのだ。そのデータをもとに優れた顧客体験を提供していきたいとトッド氏は話す。
「基盤は整いました。あとはデータを活用して精度を上げるだけです」。しかし、150年の歴史をもつ老舗銀行がここにたどり着くのは簡単ではなかった。
「私たちは組織として、長い間アジャイルのデリバリーメソッドというものを使用してきました。しかし現在、より短縮されたサイクルが必要とされています。デジタルチームのみならず、プロダクト、マーケティング、財務、リスク、法務などにも短縮されたサイクルが求められています。ただ150年の歴史ある会社では、組織もマインドも変わることが難しいのが現実でした」(トッド氏)
銀行に限らずどの業界においても、過去、職能別に組織を構成することが主流であった。しかし、消費者には組織構成は何の意味も持たない。1人の顧客に対し、組織ごとに異なるコミュニケーションをとっていては、顧客が本当に欲しい一貫したサービスは提供できないのだ。だから必然的に組織を変革していくことが必要なのだが、それには社内の抵抗を伴う。変革するには、経営陣をはじめ社内のマインドを変えることが必須であった。
「そこで我々は、経営陣のいるフロアにある12メートルの渡り廊下の床に、お客様が体験するプロセスをイラストでビジュアル化しました。毎日毎日ここを通るたびに、どれだけの規模感でお客様とのやり取りをデジタルで行っているかを意識してもらうのです。目に見えないデジタルをアナログとして可視化させることで、社内文化を変えることができました」(トッド氏)。

プロセスを可視化することで、ある時点で顧客の4割がいなくなる、ということも可視化され、その対策のための予算もつきやすくなったというトッド氏。このように、nabの挑戦は終わることなく、変化を伴って続いていくことだろう。
「顧客体験」を重視することが優れたサービスを提供するうえで大切であることに気づいたnabは、組織全体の意識を変革し、一貫性のあるプラットフォームを導入してスピードを得るとともに、体験の調査とテストを繰り返し、パーソナライズに取り組み、一人ひとりの望みに応えるコミュニケーションを行うことで成功をおさめた。「優れた顧客体験の提供」による金融業界サービスの差別化は、今後ますます求められていくだろうし、それに対応できない企業は淘汰される可能性がある。
企業は、いま顧客の求めている「顧客体験」とはどのようなものなのかをしっかり把握し、その顧客体験を一人ひとりへと提供するために、スピード感を持って組織を変革していくことが必要だ。

UNITE編集部