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- 1 「もう価格勝負では生き残れない」小売業の差別化を導く顧客体験の創り方
「もう価格勝負では生き残れない」小売業の差別化を導く顧客体験の創り方
2016年08月30日
【POINT】
- 小売業の競合差別化ポイントは、いまや価格勝負以外の部分にある
- 企業がデジタルを使いこなすためには、適切なプロセスを構築することが重要
- 老若男女に効果があるストーリーテリングのプロセスは「スマイルマッピング」から始まる
マーケティングとビジネスの「分かっているリーダーたち」にとっては、今や急速に「顧客体験の時代」になりつつあることは自明の理だ。
アドビのデジタルマーケティング事業部門を統括するブラッド レンチャー氏は、こう述べている。
「『顧客体験の時代』という新しい波は、企業がどうしたいか、何を売りたいかとは関係ない。すべては消費者がどうしたいのかということであり、企業がいかに優れた顧客体験を提供できるかだ」。
それは小売業においても例外ではない。
小売業分野での戦略を担当するアドビのディレクター、マイケル クライン氏は、小売業における顧客体験の重要性についてこう述べている。
「eコマースの存在も大きくなってはいるが、実店舗の来店客数や企業間の競争が減少しているにもかかわらず、現在でも売り上げの90%は実店舗から上がっている。小売業界の人々に『実店舗の売り上げが落ち込んでも、eコマースが成長していけばビジネスは今まで通り続けられるだろうか?』と聞かれるが、それでは無理だろう」。
言い換えれば、いまや価格勝負では競合差別化を図ることはできないということだ。クライン氏はこう指摘する。
「小売業界には、常に自分たちよりも安い値段で売ろうとする競合がいる。だから、これからの競争に勝つには、サービスと体験で差別化を図っていかなければならない。そのときにカギとなるのが、ビジネスのデジタル変革だ」。
リサーチ会社フォレスター社の副社長兼主幹アナリストであるスーチャリタ ムルプル氏は、企業がデジタルに順応し、顧客第一のサービスと顧客体験を提供していくには、適切なプロセスを組織で構築する必要がある提言する。そしてそれには、以下の4つの領域があるという。
- 文化:デジタル化に対する教育とベストプラクティスの共有
- 組織:新しいデジタルスキルを習得するために専門家を組み込む
- 技術:デジタル化を促進する共有基盤とプロセスの開発
- 指標:成熟度と成功を計測する共通の指標を確立
ムルプル氏は、下の図のような「デジタルによる顧客体験(DCX)」と「デジタル運用の卓越性(DOX)」という2つの軸で企業がデジタル化を達成するプロセスを説明している。これを見れば、右上の「デジタルマスター(Digital
Master)」になるためには何が必要かわかるだろう。

釣り具用品など販売するオーヴィス(Orvis)社でCIOとテクノロジー&インタラクティブ担当副社長を兼任するデーブ フィネガン氏は、この「デジタルマスター」のステータスを獲得した1人だ。フィネガン氏の前職は、現職とはまったく畑違いの、着せ替えぬいぐるみブランド「ビルド ア ベア ワークショップ(Build-A-Bear Workshop)」のCIOで、同社のStore-of-the-Future(未来のストア)プロジェクトを率いた経験を持つ。
(注:ビルド ア ベアは、子供たちが自分でぬいぐるみに綿をつめたり、「出生証明書」をつくったり、着せ替えウエアやグッズを選んだりできる体験型のショップ)
フィネガン氏の目標は、顧客がシェアしたくなる魅力的なストーリーの創造であるという。この目標に向けてフィネガン氏は、人間の感性に訴えかけ、さらに商品がほしくなるような方法を提供するためのシンプルなプロセスを開発した。
「ストーリーテリングは普遍的かつ老若男女問わず訴えかけるパワーがある。顧客満足度が最も高くなるのは、顧客が生身の人間と接するときだということはわかっている。そのような体験を顧客に提供するべきなのだが、一般的な消費者インサイトは、ストーリーをつくり、改善し、検証する分には役に立つものの、画期的な変化をもたらすには至らない。しかしデジタルを活用すれば、顧客をワクワクさせ、笑顔を増やし、満足感を高めることができる。そしてその結果、人間的な体験の向上という目標に近づける」とフィネガン氏は語る。
ではフィネガン氏が、ビルド ア ベアで使用したストーリーテリングのプロセスはどのようなものだったのだろうか。
それはまず、店舗の中で、「顧客が最も心を動かされる部分」と「そうでない部分」を特定する「スマイルマッピング」から始まる。これにより、顧客がどのようなところで一番商品に関心を持つのかが明確になるので、そこで人間的なつながりと体験をより豊かなものにするために、デジタルを活用するのだ。
「スマイルマッピング」の次に行ったのは、さまざまな顧客のペルソナ、カスタマージャーニーマップなどを元にいくつかのストーリーを組み立て「ストーリー プレイバック」を実施することだ。プロトタイプのシナリオを開発し、模擬店舗をつくってみる。そしてスタッフ自らが実際にストーリーを体験した上で、お互いにフィードバックを出し合うのだ。このストーリー プレイバックのプロセスは、都度変更を加えながら「これこそ次世代のビルド ア ベア体験だ!」と言えるものができるまで繰り返したという。
その次のステップとして、ビルド ア ベアの顧客を代表する子供たちからなるグループ「こぐまアドバイザー」の協力を得て、模擬店舗のストーリー プレイバックを数週間ごとに体験してもらい、感想を話してもらった。
「アドバイザーの子供たちには、文字通りストーリーの中に入ってもらった。デジタルの力を借りてストーリーの中に入り込んだ子供たちが、どんなリアクションをするかを観察し、感想を聞かせてもらったが、ストーリーの中に入り込むと、新しいことを思いつく能力が格段に高まるということがわかった。我々が考えたものより良いアイデアを、子供たちから数多く得ることができた」とフィネガン氏は述べる。
フィネガン氏はまた、経営幹部も模擬店舗のストーリーに参加させている。以前のバージョンからどう変わったかを幹部にも体験させたところ、ずっと良いフィードバックを得ることができたという。
フィネガン氏は、現職のオーヴィス社でも同様の3段階のプロセスを踏んで顧客体験を改善した。その結果、クロスチャネル注文が10%から12%に改善し、店舗スタッフの経験値は2倍から4倍の向上、メールアドレスの獲得数も目標の4倍になった。
このフィネガン氏の実績は、小売業にとって、上質な顧客体験を提供することの重要性を示しているのではないだろうか。
(2016年3月28日 CMO.comの記事より)
Steven Cook(CMO.comの編集者)
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