デジタルとリアルをつなぐ小売業界の今と未来を見通す良品計画

2016年11月22日


【POINT】

  • 消費者はデジタルシフトしており、顧客接点としてのモバイルの重要度は増すばかり
  • 小売企業はチャネル単位での最適化ではなく、デジタルとリアルをシームレスにつなぐ顧客体験を創造すべき
  • 消費者が自社に求める「顧客体験」のあり方を見極め、カスタマージャーニーの全体設計をすることが大切だ

デバイスの多様化やテクノロジーの進化により、消費者の購買行動は急速に変化している。小売業のマーケティング部門はいま、この変化に応え続けるという難しい課題を抱えている。

陥りがちな低価格戦略の誘惑に負けず、消費者と中長期的な関係を構築するためには、「顧客体験の向上」による差別化が必須だ。では変化し続ける消費者は、いまどんな顧客体験を求めているのか。現在の消費者の動向と、株式会社良品計画の事例から、デジタルとリアルをシームレスにつなぐ、顧客体験向上の進め方を紐解いていく。

小売企業に迫られる「モバイルシフト」

まずは、日本の消費者の購買行動の実態についてみていこう。

米eMarketerの調査によると、2014年から2019年までの小売業の年平均成長率は、店舗の成長率が世界的に一桁台であるのに対し、eコマースの売上成長率はほぼ二桁となっている。

2014~2019年の年平均成長率

この世界的傾向を見て、小売業を取り巻く環境変化と最新テクノロジーに詳しいアドビ 小売業界戦略担当ディレクターのマイケル クライン氏は「小売業にとっての最大の経営課題は、eコマースの成長にどう適応していくか」だと語る。

特に日本を含むアジア太平洋地域のeコマース成長率が29.3%と目立つ数値なのをみても、成長への適応は急務であることがわかる。

そして、日本の小売業が重視するべきeコマース最大のトレンドは「モバイル」だ。

モバイルは日本のコンシューマーにとって必要不可欠

Adobe Analyticsの計測結果をもとにした上掲グラフからわかるように、2015年において、日本ではeコマース売上のうち39%はモバイルによるものとなっており、携帯電話(スマートフォン)による割合は33%を占めている。これは他国と比較しても高い数値だ。

小売業全体で見ると、モバイルは「商品購入チャネル」としてはまだまだ発展途上であり、モバイルの売上比率は小売全体の売上に対してわずか1%程度に過ぎない。しかし、モバイルが影響している売上(Mobile Influenced Sales)は既に3割近くに達しており、さらにwebが影響している売上(web Influenced Sales)になると過半数を超えているという。

つまり、最近の消費者は賢く行動しており、webとモバイルを活用し、事前に購入したい商品のことをよく調べた上で店舗を訪れ、商品を購入しているのだ(「webルーミング」と呼ばれる)。そして今後、モバイルの影響比率はさらに高まっていくだろう。

また、下のグラフを見て欲しい。2013年から2015年にかけてのわずか2年で、モバイルユーザーが企業サイトに訪問するきっかけとして「検索」が76%も増加した。一方、サイトURLの直接入力は40%と大きく減少している。

モバイルユーザー訪問のきっかけは検索

消費者は、モバイル上で目的の情報にたどり着くだけでは満足せず、自分にとってより有用な情報を求め、活発に検索している様子が見えてくる。消費者にとって、多くの情報を選択し活用することが当たり前となっており、商品を購入する際も、豊富な情報をもとに比較検討した上で商品を選ぶようになっている。

このような“賢い消費者”に対応することが、小売業にとっての急務であると言えるだろう。

「良品計画」の事例:店舗/モバイル/web、一貫した顧客体験の向上を実現した企業理念とは

ここまでで、eコマースやモバイル対応の重要性は明らかになったが、その点のみを注視するだけでは、顧客体験を最適化することはできない。その重要性をふまえつつ、モバイル、web、実店舗、あらゆるタッチポイントでの体験を通貫し、本当に消費者が求めている最適な体験を提供することが大切だ。

では、消費者のデジタルシフトにもとづいてカスタマージャーニーを的確に理解し、新しい顧客体験の創造に挑戦している企業は、顧客体験をどう捉え、テクノロジーをどのように活用しているのだろうか。日本国内事例として、ここでは株式会社良品計画の取り組みを紹介しよう。

まず、株式会社良品計画 WEB事業部長 川名常海氏は、同社の商品開発哲学は「消費者の生活感覚を大切にしていること」だと語る。

例えば缶詰の「マッシュルーム(ランダムスライス)」は「なぜ、缶詰のマッシュルームには、マッシュルームの端の部分が入っていないのか」という主婦モニターの何気ない一言から、生産過程で捨てていた不揃いな部分を捨てずに商品に活かし、消費者の「もったいない」という思いを解消した商品だ。

このような「消費者の生活感覚」を重視した商品開発と同様に、顧客体験においても「生活様式や人間の自然な行動様式を優先するべき」と同社は考える。「いかに自然な環境で快適な買い物ができるか。そのようなショッピング体験を提供できるかがデジタルでもリアルでも重要」と川名氏。消費者との関係は商品を買ってもらって終わりという一時的なものではなく、「購入後も満足しているか、どんな感想を持っているかを把握できるよう、カスタマージャーニー全体を設計することが、より良い顧客体験を提供するために不可欠」と考えているという。

その思想は、同社のブランド無印良品の「MUJI passport」というモバイルアプリ開発に反映されている。

「MUJI passport」は、言わばアプリ型の会員証だ。ほとんどの企業の会員証(ポイントカード)は、何かを購入した際に店舗で提示するとポイントが貯まるが、「MUJI passport」は購入だけに重きを置いていない。気まぐれに訪れた店舗でのチェックイン、購入した商品に対する口コミコメント、商品改善のアイデアをコミュニティに提案するといった購入前後のアクションに対してもポイントが貯まるよう配慮している。つまり、カスタマージャーニーを実際に体験することが、消費者にメリットを生むようになっているのだ。

「情報武装した消費者に対しては、一つ一つのチャネルのデジタル最適化では不十分。守備領域をリアルな店舗にまで拡大するスタンスが重要になる」と川名氏。「MUJI passport」を通じた消費者行動から、モバイルアプリ、ECサイト、店舗との連携を意識することが全体最適化に貢献すると期待を寄せている。

同社は「無印良品」のECサイトも運営しているが、店舗での売上の方がECサイトよりも大きい。ただし、それだけでECサイトの価値は測れないという。消費者がECサイトに来訪した際、そのままサイト上で購入に移行するケースは3割ほどだが、5割はECサイトで情報収集をしたうえで、店舗を訪れ購入しているのだ。

この5割の消費者行動を、モバイルアプリがサポートすることもできる。例えば、消費者が商品を検索した際、商品の在庫がある最寄の店舗情報を提供する。このようなデジタルによる購買フォローは機会損失の防止に役立っており、店舗での購入に至る前の「デジタル接客」がいかに重要であるかを示している。

デジタルとリアル共通の全体設計思想が、顧客体験の向上の鍵を握る

良品計画の事例からは、クライン氏の指摘したモバイルシフトが進む環境下、同社があくまでリアルな「店舗」を中心に据え、「デジタル接客」という切り口で、モバイルやECを顧客体験向上のために有効活用していることがうかがえる。

クライン氏は、日本の小売業の店舗に対し、「マーチャンテイメント(マーチャンダイジングとエンターテイメントの造語)」が浸透してきているように見受けられると話す。

つまりそれは、店舗も「商品を売る場」から「顧客体験を提供する場」として変化していきていることの表れでもある。店舗テクノロジーの進化によって、今後は、店頭でのデジタル化もさらに進んでいくだろう。

店舗テクノロジーの進化

 

例えば、消費者のこれまでの行動データから好みの商品傾向を把握し、その消費者が商品展示コーナーに近づいた時、デジタルディスプレイで好みに合った商品を提案することもできるようになる。

今後は、モバイル、webといったチャネル単位の視点ではなく、リアル店舗を含め全体を見通したカスタマージャーニーの設計がさらに問われるようになる。オムニチャネルへのシフトは小売業に共通する課題だが、ただやみくもにチャネル単位の最適化を図ればいいという訳ではない。消費者が自社に求めている体験を把握し、どこに重点を置くかを見極めた上で、デジタルとリアルをシームレスにつなぐ最適化が大切なのだ。

 

UNITE編集部


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