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トリプルメディア戦略にDMPを活かせ (インタビュー)
2017年08月29日
【POINT】
- 日本は欧米と比較して広告セグメントを切りにくい
- トリプルメディアを活用し、顧客と統合的にコミュニケーションをとる意識を持つことが大切
- 広告主がブリーフィング能力を高めることが、DMP活用のカギ
DMPと聞くと、「広告を打つ対象を拡大するために使うもの」ととらえられるかもしれない。しかし本来、DMPは広告のためだけのものではない。トリプルメディア(※)を統合的に使いこなし、コンテンツマーケティングを含めた顧客や潜在顧客とのコミュニケーションをより良くするために有用な仕組みだ。日本と海外における環境の違いや、DMP活用のカギについて、数多くのDMPプロジェクトを推進してきた、電通イージス・ネットワーク Chief Data Scientist, Global Data Team近藤康一朗氏と、株式会社電通デジタル データ/テクノロジー部門 DMP開発事業部 ストラテジックプランナー 榑林花野氏に、アドビのプロダクトエバンジェリスト兼シニアコンサルタント 安西敬介が話を聞いた。
※トリプルメディア:「ペイドメディア」「オウンドメディア」「アーンドメディア」の3つを合わせた総称
- ペイドメディア:広告出稿先として利用できるメディア。広告そのものを指すケースもある
- オウンドメディア:自社が所有するメディア。企業サイトのコンテンツはここに含まれる
- アーンドメディア:企業が顧客や潜在顧客からの信頼や評判を得るためのメディア。ソーシャルメディアなどがこれに当たる
日本は、欧米よりセグメントを切りにくい

安西:ご無沙汰しています。近藤さんとは以前にDMPプロジェクトでご一緒させていただいたのですが、それから1年くらいでしょうか。その後、ロンドンを拠点とする電通イージス・ネットワークに移られて、欧州と米国のプロジェクトでご活躍ですね。現地と日本のプロジェクトの進め方に違いを感じることはありますか。

近藤氏:多々ありますよ。そして、米国と英国でもずいぶん違います。DMPという文脈では、個人情報に対する感覚に大きな隔たりがあります。米国は、「顧客の個人情報を有効活用しよう、マネタイズをしていこう」という方向で考えます。一方、英国を含めた欧州では、「個人のプライバシーが厳重且つ的確に保護されることを前提に利用する」という考え方が主流です。Cookie IDですら個人情報に含まれるという考え方もあるくらいです。米国ではCookie IDが個人情報という意識は全くありません。
EUでは来年の2018年からGDPR(ジェネラル データ プロテクション レギュレーション:一般データ保護規則)が施行されます。この規則によって、データ処理の方法についての報告義務が課されます。報告を求められて個人情報処理のやり方をすぐに報告できなければ、制裁金を納めなければなりません。制裁金は、最大で2,000万ユーロまたは全世界売上高の4%以下、とされています(編注:JETRO資料を参照)。4%は小さいように見えますが、代理店にとっては利益がすべて飛ぶくらいの打撃ですから、GDPR対応は喫緊の課題になります。
安西:かなりアノニマスな(匿名性のある)状態で広告も含めてコミュニケーションをしていかなければならなくなるわけですね。
近藤氏:実際はどうなるかわかりませんが、基本的にそのようなコミュニケーションをしなければならなくなると見ています。ただ、欧米ではアノニマスでもセグメントを切りやすいのは確かです。宗教や人種など、コミュニケーション相手がそもそも多様ですから。たとえば、何度も訪問してくれる人を追跡すると、「アクセス元IPは常に英国内で、見ているページはスペイン語」となると、英国在住のスペイン人だろう、と当たりをつけることができます。そうしたコンテクストから、マーケティング施策のアイデアが浮かぶことも多いです。
安西:なるほど。日本国内で対象にするのはほとんど日本人ですからね。榑林さん、そのあたりはいかがですか。

榑林氏:日本で当たりをつけやすいのは男女や年齢の違いくらいでしょうか。興味や関心のアンケート結果があったとしても、“ふんわり”としてしまってマーケティング効果を測りにくいことは確かです。精緻なターゲティングを行うには、より個人に近づかなければなりません。ただ、それにも限界があります。セグメントを狭めすぎて、狭すぎるユニークユーザー群に広告を当てていくと、フリークエンシーは高まる一方、何度も同じ広告が表示されてコミュニケーション相手の印象を悪化させてしまうリスクが高まるのです。これが日本でプロジェクトを進める上で大きな課題ですね。
トリプルメディアを使いこなす

安西:個人情報を扱うにあたって、外部にあるパブリックDMP(またはオープンDMP)はどのように使っていけばよいと考えていますか。たとえば、宗教や人種などでセグメントを分ける場合、パブリックDMPのデータだけで十分に活用できそうです。
近藤氏:面白いことに、海外ではパブリックDMPという言葉は浸透していないんですよ。マーケティングソリューションとオーディエンスデータという区分けになっています。前者が社内、後者が外部ですね。そして、海外の企業は「オーディエンスデータの使いみちは広告だけでない」と考えています。ペイドメディア、オウンドメディア、アーンドメディアとさまざまなコミュニケーション手段を利用し、オーディエンスデータを活かしてどうやって深くコミュニケーションするか、コミュニケーション対象を拡大するか、という命題に向き合っています。このあたりは日本より海外の方が進んでいますね。
安西:榑林さん、日本ではどうですか。行動情報やオフラインデータも活かして精緻なコミュニケーションを行うという点では、日本の方が進んでいるという見方もできますが。
榑林氏:最も難しいポイントは、手軽に成果を出しやすいのが広告だということです。そのため、プロジェクトメンバーの目がどうしても広告主体になりがちです。現状では、「パブリックDMPを活かして広告効果を高めるためにどうするか」という議論から抜け出せていない印象を受けます。
安西:近藤さんと一緒にプロジェクトをやっていた1年前か、その少し前あたりにDMPが話題になりました。パブリックDMP寄りの視点で議論が交わされていましたが、確かに「最適な広告を打つための方法論」という意味合いが強かったように感じます。近藤さんのお話にあったように、ペイドもアーンドもオウンドも含めて、統合的にコミュニケーションをとっていこうという意識は、日本のお客様には根付いていきそうですか。
榑林氏:私たちもお客様に、「アドビのソリューションを導入していれば、こんな使い方ができますよ」というご提案は差し上げていて、面白いと言っていただけるようになってきています。もう少し時間はかかるかもしれませんが、海外の事例なども入ってきていますから、今後キャッチアップしていけるはずです。
日本の良い点はメンバーの広い視野

安西:顧客や潜在顧客とのコミュニケーションを広告に絞って考えてしまうと、ノウハウを持っている代理店にすべてお願いするというスタンスになりがちです。一方、さまざまなメディアを使って統合的なコミュニケーションをしようとすると、お客様自身の深いコミットが求められてきます。そこで近藤さんに伺いたいのですが、日本と欧米を比べて、お客様のプロジェクト体制に違いはありますか。
近藤氏:最も大きな違いは役割分担ですね。欧米ではまずプロジェクトの目的や目標から逆算して、俯瞰した目線から役割分担をします。なので、非専門家が専門領域を担当することはなく、効率的にプロジェクトを進めることができます。一方で、みなさん担当業務はきちんとこなしますが、領域をはみ出して貢献するという意識は低いように感じます。日本ではプロジェクトメンバーはお互いに協力しますし、隣の部門が何をやっているかある程度は把握しています。メンバー全員が広い視野でプロジェクトを見渡しながら協力しているのです。お互いの良いところを取り入れられるとよいのですが。
安西:役割分担が明確になりすぎると、担当者間で認識のズレが生じるリスクがありますね。海外のプロジェクト経験で、それで苦労していることなどはありますか。

近藤氏:私がいま籍を置いているのはメディアエージェンシーですから、SoW(編注:作業範囲)もブリーフィングも、極めて明確です。受ける業務範囲が絞られているので、たとえばセグメントを切るのは別の担当者が別のベンダーに依頼しているケースもあります。そういう体制ですから、一気通貫でやれないもどかしさを感じることはあります。
日本の組織がDMPを活用するために
安西:榑林さんに伺いますが、お客様から「このようなセグメントを切りたい」という要望を受けることはありますか。

榑林氏:本来なら、最もお客様の組織や顧客について知っているのはお客様自身ですから、お客様の意見に私たちの知見を加えてセグメントを切るのが理想です。ただ、専門職にすべて任せたいと考えておられるお客様が多い、という印象があります。
安西:広告だけならそれでいいのかもしれませんが、オウンドやアーンドを含めてコミュニケーションを取るためには、“設計”が大切になります。私がDMPの最大の課題だと考えているのはセグメント戦略で、この部分だけは、お客様自身にも考えていただきたいのです。
近藤氏:設計は、戦略と戦術のどちらでしょう。私の経験では、戦術レベルの切り方で最も効果が出ています。大量にあるログデータから有用なものを抽出して少しアイデアを加えてセグメントを切るようなやり方です。現状のデジタルテクノロジーとデジタルデータの質や量を鑑みると、戦術的なアプローチのほうが、効果が出やすいと感じています。たとえば、「20代女性で、美的感覚に鋭い人」といったセグメントをいまのデジタルデータから導くことは、大きな課題です。
安西:戦術レベルのデータとしてセグメントを切っていく時に、戦略レベルの概念が必要だと考えています。セグメントしたい対象は言葉にするとあいまいでも、具体化することはできます。ですから、戦略レベルの概念はしっかり持っておいて欲しいのです。
近藤氏:なるほど。確かに戦略レベルで固まっていなければ、統制の取れない戦術セグメントが乱立して、混沌とした状態になりますね。
安西 近藤さんと一緒に進めたプロジェクトでも、アンケートを取ってデータを作り込んだことがあります。それも、戦略的な狙いがなければできませんでした。
榑林氏:お話を伺っていると、戦略的なセグメントをデジタルの言葉に落とせる「DMPプランナー」が必要かもしれませんね。効果検証まで一貫して話ができるプランナーが育てば、お客様と戦略を固めた上で戦術レベルのセグメントを切り、どんどん検証していく。現実的にお客様側でセグメントを切るのが難しいケースが多いので、それが現実的な解になるのではないでしょうか。

近藤氏:私たちの側は、ある程度クライアントと向かい合って案件を回せばマーケティング施策の方はわかってきますし、デジタルデータの扱いも経験できます。この2つの能力を高めることが大切になります。
安西:お客様からふわりとした問いを投げられても、きちんと形にできるスキルは重要ですね。そして、本音を言えば「そもそもふわりとではなく、ある程度の自社としてやりたい内容をきちんとオリエンして欲しい」でしょう?
近藤氏:はい。これは代理店、クライアント双方の課題ですが、お互いの責任範囲を明確化することが極めて重要だと考えています。オリエンの中でそこが明記されていると、代理店としても提供できるサービスレベルが高まると思いますね。日本の現場担当者は、欧米より優秀です。今後日本のデジタルマーケティング業界が元気になっていく上で、それがカギを握ると考えています。
安西:なるほど。本日は、どうもありがとうございました。
※各肩書は取材時(2017年7月)のものです
補足:電通デジタルとアドビは「Adobe Analytics | Dentsu Digital Data Integrate」を共同開発。「Adobe Experience Cloud」の分析ソリューション「Adobe Analytics」内にマスメディアデータやオフラインの購買データを自動連携することができる。オフラインデータを含む企業のマーケティング投資全体の費用対効果の分析やオンラインでの顧客行動や購買との相関関係を一元的に分析することが可能になる。
UNITE編集部
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アドビは2017年6月、小売/銀行分野における消費者の購買行動に関する調査を実施しました。現代の消費者を取り巻く情報環境や消費行動を把握し、カスタマージャーニー、提供している顧客体験のあり方を見つめ直すヒントとしてぜひお役立てください。