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エクスペリエンス志向の組織に求められるマーケティング人材とは:識者に聞く

2018年03月06日



【POINT】

  • エクスペリエンス志向への変革は、企業にとって早急に取り組まなければならない課題    
  • エクスペリエンス志向になれば、「販売志向」と「マーケティング志向」2つの方向性のバランスがとれた組織となる
  • 組織のすべての人材がマーケティングの価値を理解し、尊重する土壌を育成することが必要

組織が全体として顧客に向き合い、顧客の声を聞き、顧客に最高の体験=エクスペリエンスを提供する――いま求められる「エクスペリエンス志向」を実現する組織のあり方は、これまでの組織風土とは違った姿になるのかもしれない。企業がエクスペリエンス志向になると、人材配置はどう変わるのか。そして、どのような人材が求められるようになるのか。グロービス経営大学院 大学 准教授 武井涼子氏に話を聞いた。

「ブランドの個性」が求められるB2C企業

「ブランドの個性」が求められるB2C企業

――「あらゆる組織は将来、エクスペリエンス志向になる」と言われています。これについて、武井先生はどう考えていますか。

 

武井氏:「エクスペリエンス志向にならなければ生き残れない」と言い切ってもいいでしょう。グローバルではすでに変革が始まっていますが、日本企業は明らかに遅れています。早急に取り組まなければならない課題です。

 

現在、多くの日本企業は販売志向の組織になっていて、「営業をやって一人前。マーケティングは営業のサポートにすぎない」という考え方が支配的です。たとえば、新卒を採用すると最初の配属先で営業経験をしてもらう、という会社は多いでしょう。営業表彰はありますが、マーケティング担当者向けの表彰制度は少ないですよね。組織がエクスペリエンス志向になると、組織内で最も大切なのは「ブランド」になります。そこをきちんと理解して、企業文化から変えていく必要があります。

 

――では、販売志向の企業は、マーケティングを軽視する傾向にあると言えますか。

 

武井氏:販売志向とマーケティング志向は対立すると見なされることも多いのですが、私はそう考えているわけではありません。マーケティング志向の組織は、「市場ニーズを満たしながらも、会社のミッションにもとづいて自社のビジョンを達成する、つまり自社のブランドを守り育てるために、何をするか」に着目し、施策に落とし込みます。一方、販売志向の組織では、「目の前にいる顧客に対していかに売るか」が重視されます。この前提に立つと、両者は同じ目標を目指しているけれど視点が異なるだけですので、昇華するのが理想的なのです。顧客に売るためにはブランドが大切で、ブランドを確立するのがマーケティング戦略ですから。エクスペリエンス志向になれば、これら2つの方向性のバランスがとれた組織ができあがるはずです。

エクスペリエンス志向の組織図とは

――企業がエクスペリエンス志向になれば、組織構成は変わりますか。

 

武井氏:組織構成そのものより、組織ごとの思想が変わるはずです。まず、「事業部門」と「管理部門」のくくりを考えます。そして、事業部門を考える時に、「成長を目指す機能」と「コストを担保する機能」に分けて考えます。成長を目指す機能は、営業とマーケティングが融合した組織になります。企業によってはオペレーションなどもこちらに入る可能性があります。コストを担保する機能は効率化やリスク監査をつかさどります。いわば企業の事業における良心を担うことになります。なお、管理部門も含めて、マーケティングの意義と目的を理解し実践できる人材は、すべての組織に配置されるべきです。企業の全ての売り上げの質に責任を持つことこそがマーケティングの基本だからです。

――組織構成を見ると、組織としての営業とマーケティングはこれまでどおり分かれているのですね。

 

武井氏:業務としては変わりませんから。ただ、組織で働くすべての人材がマーケティングマインドを持って仕事をするようにしなくては。人事や総務、財務といった管理部門にもマーケティングマインドは必要です。

顧客の声を集める営業部門

――そうなると、仕事のやり方はどう変わるのでしょう。

 

武井氏:たとえば、営業部門の目的が「売る」ことであることは変わりません。ただ、最も重要な役割は、「顧客の声を集める」ことになります。「売れた!」「良かった!」だけでは何も残りません。「売れなかったのはなぜか」、「顧客が欲しがっていたどの部分が足りなかったのか」を検証できるように、顧客の声を組織全体にフィードバックするのです。その活動によって、組織はより優れた商品やサービスを提供できるようになります。

――マーケティング部門はどうなるのでしょう。

 

武井氏:デジタルマーケティングの実行や、イベントの開催、カタログ制作など、業務としてのマーケティングサービスは残ります。マーケティング部門の最大の役割は、ブランド戦略を確立し、それに従いながら、マーケティングサービスを統括することになります。ブランド戦略は組織戦略とイコールですから、上流の意思決定では経営企画部門との密な連携が必要になるでしょう。オペレーション部門との協業も必須です。

 

――そこで決められたブランドを組織に行き渡らせるために、各部門のマーケティング人材が活躍するわけですか。

 

武井氏:エクスペリエンス志向への移行期にある組織では、旗振り役がマーケティング人材になるでしょう。ただ将来は自然に、各部門へと人材が行き渡るようになるはずです。現在では多くの組織が新人に営業経験を積ませていますが、そこにきちんとしたマーケティング教育を加えるイメージです。そうして、組織のすべての人材がマーケティングの価値を理解し、尊重する土壌を育成します。エクスペリエンス志向になると、顧客が第一です。ブランドは組織そのもので、顧客の目に映る姿ですから、組織内でそこを崩すわけにはいきません。全員が、ブランドの大切さを体感として理解しておく必要があります。

マーケティングセンスのある人材とは?

マーケティングセンスのある人材とは?

――マーケティングマインドは教育で身につきますか。

 

武井氏:「マーケティングが大切だ」ということは、だれもがわかっています。エクスペリエンス志向の組織では、それを一歩進めて「顧客が大切だから、しっかりしたブランドの下で業務を回す必要がある」というところまで進めなければなりません。この部分は教育で身につくでしょう。一方、誤解を恐れずに言うのであれば、ブランドを創り上げたり、それを企業戦略と一致させたりする部分では、人材によって向き、不向きがある部分もあります。

 

実際に、生まれながらにマーケティングセンスのある「ナチュラル ボーン マーケター」のような人がいます。想像力が豊かで、型破りで、「どうしたら世の中が自分の思いどおりに動くか?」をすぐに思いつける人です。周りに数人はいるでしょう(笑)? そういう人材です。

 

他方で、努力と経験でマーケティングセンスを高める人材もいます。彼らは自分がナチュラル ボーン マーケターでないことを理解していますが、それでもマーケティングをやりたくて、能力を伸ばしてきた人材です。たいていの場合、ナチュラル ボーン マーケターはアイデアを生むのは得意ですが、先に行き過ぎていて組織に理解されにくいことがありますし、組織内の「ややこしいプロセス」は苦手な人も多いように思います。ですから、組織としてブランド戦略をまとめ上げ、実践していくためには、努力と経験タイプの存在も大切です。

 

――そうした人材は、外部から経験者を採用するのでしょうか。それとも社内で育てられますか。

 

武井氏:もちろん、社内にすでにマーケティング人材が育っている場合は社内で教育をしていけばいいと思います。しかし、そういう組織ばかりでもないと思いますし、同質な人材が集まる組織は弱くなります。外部から新しい考え方を入れるという意味でも、中途採用なども活用すべきでしょう。そのときにもブランドは大切になります。ブランドがしっかりしていれば、新しく入った人もすぐに自分の仕事の本質を理解し、組織に馴染めますから。

 

もちろん、人材を社内で見つけることもできます。大企業には、どこかに必ず生まれ持ったマーケティングセンスのある人材がいます。人材を見つけて、良い教育を施し、経験を積ませて、その能力を開花させてあげることができるでしょう。

マーケティング人材の育成方法

マーケティング人材の育成方法

――具体的に、どのような側面から人材を見極めてマーケティング部門に来てもらい、どうやって育てていけばいいのでしょう。

 

武井氏:エクスペリエンス志向の組織において、マーケティング部門は多様な顧客を相手にアイデアをひねり出します。ですから、端的に言うなら想像力のある人ですね。そういう人に、データドリブンの考え方を身につけてもらい、「説得力のある論理を構成し、仮説を作る能力」を鍛えるのが人材育成の根幹になるでしょう。

 

――最後に、エクスペリエンス志向の組織において、マーケティングをやりたい人は、どのようなことを心がけていけばいいですか。

 

武井氏:マーケティング人材が持っておくと良いスキルは、想像力と直感と経験です。そのうち、経験は仕事を通じて身につけることができます。想像力と直感は、五感で感じることで、より豊かになります。本を読んだりネットを眺めたりしてもいいのですが、体で感じることも重視してほしいです。旅に出たり、音楽を聴いたり、美術館に行ったり。そして、多様な人と1対1の関係を作って深く交流することも大切ですね。

 

――本日は、ありがとうございました。

■武井涼子氏プロフィール

―グロービス経営大学院 大学 准教授/主任研究員。マーケティング講師として、グロービスの新しいマーケティング講座の開発にあたるとともに、日本語と英語で授業を行っている。専門はブランド論。

 

UNITE編集部


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日本企業が、組織の能力と人材不足という課題を解決し、エクスペリエンス志向への変革を果たすためには。その流れと、組織のあり方/人材の育て方について、グロービス経営大学院 大学 准教授 武井涼子氏への取材をもとに考察します。


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