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- 1 オムニチャネルを超えて「自社哲学に共感する顧客」と向き合え: 内田和成教授インタビュー
オムニチャネルを超えて「自社哲学に共感する顧客」と向き合え 内田和成教授インタビュー
2018年08月16日
【POINT】
- 大型スーパー不振の背景には、急速な「顧客の構造変化」がある
- ディスラプターと同じ土俵で勝負するのではなく、自社の顧客層に対してどんな体験を提供できるのか深く考えることが重要
- オムニチャネルは「顧客を心地よくさせる」という視点でとらえ直すことが大切
【RESOURCES】
小売業界は、“難しい時代”を迎えている。デパート、スーパー、コンビニなど、国内小売業界は頭打ちの状態を見せ、海外からはEC事業者によるリアル店舗事業への参入というニュースも聞こえてくる。既存の小売事業者は、今後どうやって競争に打ち勝っていけばいいのだろう。オムニチャネルの先にあるものとは。
実践的競争戦略に詳しい、早稲田大学ビジネススクール教授 内田 和成氏 に話を聞く。
「顧客の構造変化をとらえきれていない」という課題

――まず、日本の小売業界の現状について、内田先生はどう見ておられますか。
内田氏:日本の小売業界は伝統的に、商品そのものより顧客の購買行動を見ながら商売をしてきたと見ています。「顧客は〇〇のような人たちで、彼らが望んでいる商品は〇〇というものだ。では、どうやったら売れるか」と考えながら進化してきたわけです。
しかし問題は、見ていた顧客が変わったということです。すなわち、夫婦&子どもの4人世帯などを前提にした従来の見方で考えられてきた。大型スーパーが不振になってきた理由は、そのような家庭が大きく減ったことにあるのではないでしょうか。いま日本は、1~2人世帯が全一般世帯の6割を超えています(※)。つまり、大型スーパーの想定する顧客層がマイノリティになってしまったわけです。世帯人数の減り方が急速すぎたため、伝統的に培ってきた方向性を転換しづらかったのではないでしょうか。
――コンビニを含む小規模な業態がそのすき間を埋めているというわけですか。
内田氏:たとえば、私の家庭は子どもたちが独立して夫婦2人世帯になりました。すると、「量」を買う必要がない。小さな生鮮スーパーやコンビニで買うと、グラム当たりの単価は高くなりますが、「ムダなく使える方がよい」と考えます。すると、大型スーパーに足が向かなくなる。このようなことが起こっているのではないでしょうか。
(※)総務省統計局 平成27年国勢調査によると、一般世帯数5333万2千世帯のうち,1人世帯が1841万8千世帯(一般世帯の34.5%)、2人世帯が1487万7千世帯(同27.9%)となっている。
生活に必要なアイテムは、 「どこで買っても一緒」とみなされてしまう

――消費者の嗜好(しこう)の変化についてはいかがでしょう。
内田氏:洗剤など「生活に必ず必要なアイテム」と、ファッションなど「嗜好が反映されやすいアイテム」があって、その線引きは人によって異なります。生活に必要なアイテムは“どこで買っても一緒”。おむつや水など重くてかさばるものや、定期的に購入が必要なものは、ネットで定期購入することが当たり前になってきています。
一方、消費者の嗜好は多様化しつつある。大型スーパーは幅広い商品ラインを扱っていますが、それでもECに比較するとはるかに少ないです。嗜好の多様化が進めば、消費者の多くが嗜好性で買うアイテムでは厳しい戦いを強いられるでしょう。
ではどこで勝負するのか。それを考えていかなければなりません。
買い物を楽しめるという意味で、 リアル店舗の価値は高い

―― 勝機はどこにあるとお考えですか。
内田氏:買い物は「体験」でもあります。たとえば私は本屋が好きで、平積みになっている本を眺め、背差しの本を手に取って、面白そうだなと思ったものは買ってしまいます。失敗もありますけれど、思いがけない「出会い」もある。狭い画面から選ぶネットショッピングでは、そのような体験はなかなか難しい。
このように出会いを楽しめるという意味で、リアルな店舗の価値は高いと考えています。ブランドに対する忠誠心が重要ではない商品や最寄品は、ネットに向く。一方、私にとっての本屋のように、「何かないかな?」とふらりと立ち寄って何かを発見する楽しさは、リアルな店舗が勝るでしょう。
――では、消費者の体験をより良くするために、小売店はどのような提案ができそうですか。
内田氏:少し前に米国のスーパーを視察したのですが、面白い食品スーパーがありました。店舗の作りに高級感があり、店内に本格的なレストランがあるのです。従来、スーパーのフードコートといえば、「買い物のついでに何か食べておける場所」というイメージですが、「わざわざそこに行って食べてみたい」と思わせます。商品の陳列も、おいしそうと感じさせたり、珍しい商品に出会えたりと工夫があり、お客さんは、食との出会いを楽しみ、豊かな気持ちになることができる。買い物が体験になっている好例です。
――EC事業者によるリアル店舗開設のような動きも出てきていますが、それについてはどう考えておられますか。
内田氏:私には、彼らがリアル店舗での儲けを考えていないように見えます。利益は関係なく、巨大な実験をやっているような印象です。「リアル店舗の利益率はこれ以上にならない」と判断して撤退する可能性もあるでしょうし、そう判断しても損失が少なければ実験を継続するという判断になるかもしれません。ですから、同じものさしでは測れません。
彼らと同じ土俵で勝負しようとするのではなく、自社の顧客層に対してどんな体験を提供できるのかについて深く考えるべきです。確かに、彼らは脅威です。しかし、新規参入者が市場に出てきたからといって、その市場にいたプレイヤーは「もう終わり」ではありません。
たとえばコンビニコーヒーが売り出されても、コーヒーショップは増えています。「時間がないけれど、コーヒーを一杯だけ飲みたい」という場面もあれば、「お腹が空いたので、コーヒーと一緒に何か食べたい」「コーヒーを飲みながらゆっくり過ごしたい」という場面もある。人によって居心地の良い店も違うでしょう。どこを充たしていくか、ということだと思います。
オムニチャネルは「顧客を心地よくさせる」という視点で

――小売業者にとって、デジタルの活用は今後どうなりますか。
内田氏:ブランドへの忠誠心が重要ではないアイテムでは、ビッグデータ分析やレコメンデーション、会員化、そして店舗の無人化など、デジタルの活用が進んでいます。嗜好性の強い商品分野でも、パーソナライズしたやり取りにAIを使うなど、デジタルの活用が期待されています。かゆいところに手の届くサービスは人が対面でやるとしても、後ろでデジタルが手助けするような仕組みは、今後もどんどん出てくるでしょう。
――小売業者は、顧客とのすべての接点を包括的に最適化するオムニチャネル戦略を推進すべきでしょうか。
内田氏:個人的に、オムニチャネルという言葉は売る側の論理が強い印象があって、あまり好きではないのです(笑)。「顧客を心地よくさせる」という意味ならば、その通りで推進すべきですね。
「顧客は私たちのファンなのだから大切にしなければならない。忙しいときもあれば、ゆっくり買い物をしたいときもある」という視点を持ち、顧客と向き合い、そのニーズにきちんと対応していくという発想で、オムニチャネルをとらえ直してほしいです。「どのチャネルから買ってくれてもいいですよ」という論理は、少し違うかなと考えています。オムニチャネルの先にいる顧客の側に立つ、より適切な言葉があるとよいのですが。
――先ほどファンという言葉が出ました。最後に、小売店がファンを増やしていくためにどうすればいいでしょう。
内田氏:私は、単純にファンの数を増やすより、むしろファンをスクリーニングしていく方がよいと考えています。購買金額や回数でヘビー、ミドル、ライトと階層を分けた場合、ミドルユーザーにはヘビーユーザーになってもらえるよう、がんばる。ヘビーユーザーに満足してもらう努力もします。ただ、ライトユーザーをミドルユーザーに無理やり持っていこうとしても、報われないことの方が多いでしょう。もはや、「すべての生活者が顧客になってくれる可能性があり、取り扱っているすべての商品は顧客が買ってくれる可能性のあるものだ」と考えるのは難しい時代です。ですから、たとえば「生活必需品はネットで買ってもらっても構わない」と線を引いて、自社の哲学に共感してくれる顧客を大切にすることが、競争に勝ち残れる秘訣だと考えています。
――本日は、どうもありがとうございました。
編集部から:
ここに掲載した内田和成教授へのインタビューには収まらないより踏み込んだ内容を、内田教授監修によるアドビガイド『オムニチャネルの向こうに:環境変化に立ち向かう小売企業のための差別化戦略とは』に収録している。合わせて確認して欲しい。

内田和成教授
早稲田大学ビジネススクール
東京大学工学部卒業。慶應ビジネススクール修了 (MBA)。日本航空、ボストン コンサルティング グループ (BCG) を経て、現在に至る。2000年6月から 2004年12月まで BCG 日本代表を務める。ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心にマーケティング戦略、新規事業戦略、中長期戦略、グローバル戦略の策定、実行支援を数多く経験。2006年度には世界の有力コンサルタント、トップ25人に選出。2006年4月より現職。
UNITE編集部
関連資料
難しい時代を迎える小売業界。既存の小売事業者が競争に打ち勝つ道とは。早稲田大学ビジネススクール教授 内田 和成氏の協力のもと、これからの小売企業の差別化戦略について考察します。
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企業のデジタル変革は、組織横断の幅広い取り組みとなります。これには、新たな経営戦略、組織編成と人材育成、ビジネスプロセスの刷新、そして「顧客体験のための企業システム基盤」の構築などが含まれます。
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