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- 1 「もはや、マスは存在しない」求められる新たな顧客コミュニケーション
「もはや、マスは存在しない」求められる新たな顧客コミュニケーション
2018年12月26日
【POINT】
- マイノリティがデジタルでつながれるようになり、“スモールマス”を形成。そこに新市場ができている
- もはや、「企業が大量の広告で刷り込みを行う」という手法は通じない
- 時代に合ったビジネスモデルを確立することで、ディスラプションの波に立ち向かい、グローバル市場で戦うことができる
【RESOURCE】
動画:デジタルを使うための重要な要素とは?(2分40秒)
ディスラプション、すなわち「イノベーションを超える破壊的創造」という言葉が浸透して久しい。ディスラプションとは、既存の価値観を破壊し、新しい生活スタイルや価値提供モデルを提案すること。既存のプレイヤーにとっては脅威だが、視点を変えれば、自ら変革を起こして市場を席巻できる時代がやってきた、とポジティブにとらえることもできる。さまざまな業界でディスラプションが起こりつつある現在、企業はどのように事業構想を練り、どう変わらなければならないのか。アドビのフェローである石井龍夫氏に、いま起きている生活者の変化、そしてデジタルを活用した日本企業の変革への道程について聞いた。
“スモールマス”を形成するマイノリティ

――いま、さまざまな業界でディスラプションが起こっています。その本質は、どこにあると考えていますか。
石井:ディスラプションの代表例としてデジタルカメラが取り上げられることがあります。実際に、現在ではデジタルカメラが本流で、フィルムカメラは、数少ない愛好家のためのものになりました。ただ、ディスラプションの本質はフィルムがデジタルに置き換わったことではなく、デジタルカメラの出現によって「私たちの生活における写真を撮るという行為の位置づけが変わった」ことです。もはや、写真はハレの日を残す特別なものではなくなりました。スマートフォンで気軽に日常を記録したり、時刻表をメモ代わりに保管したりなど、生活のあらゆるシーンが画像や映像で記録され、そこに膨大なデータが生まれるようになったという大きな変化が起こったのです。これからもさまざまな分野でディスラプションは起こるでしょう。それを媒介するのがデジタルです。デジタルによって、消費者の入手可能な情報量は爆発的に増大しました。さらに、「いつでも、どこでも」情報を手に入れられるようになりました。生活者が情報を中心につながり、結果として、彼らの価値観や行動が変わるスピードも加速しています。
――生活者の価値観や行動が変わると、企業が提供すべき価値も変化する必要がありそうです。
石井:これまでは、マスを押さえた企業が勝利しましたが、価値観の多様化によってマスという存在が不確かなものになっています。一方、マイノリティがデジタルでつながれるようになり、“スモールマス”を形成しました。マイノリティは、もはや孤独ではないわけで、そこに新たな市場の可能性が生まれています。このスモールマスを把握し、適切にアプローチすることで、企業は大きなチャンスをつかめるかもしれません。
――一方、置き去りにされるプレイヤーは居ませんか。写真の場合、フィルムにこだわったメーカーは失速し、フィルムを作る技術の水平展開に目を向けたメーカーが別分野で成功したケースもあります。
石井:コアな技術やノウハウに目を向けることは大切です。たとえば音楽コンテンツ分野は、デジタル化の著しい分野ですが、これまでのビジネスに止まればレンタルショップは消滅していくでしょう。しかし、彼らのビジネスの最大の強みは、「顧客データを持っている」ことではないでしょうか。顧客のレンタル履歴は、顧客の趣味や嗜好にもとづいたすばらしい提案をする際に大いに役立つはずです。それを生かしたビジネスモデルを新規に構想するなど、自社の商品やサービスの持つ価値の本質を見極めたアイデアが望まれます。
もはや「企業が大量の広告で刷り込みを行う」という手法は通じない

――これまでのやり方は通じなくなってくるのでしょうか。
石井:社会全体に共通する課題として「マスが存在しなくなった」という事象があります。かつて私たちは、マス広告に接することで情報のシャワーを浴びていました。情報との接点という視点では、完全に受け身だったのです。しかし現在は、インターネット上に無数にある情報を取りに行けるようになりました。もはや、「企業が大量の広告で刷り込みを行う」という手法は通じません。
――消費者はどう変わり、それに対して企業はどうあるべきですか。
石井:生活者は、手にした情報をベースにありたい自分の姿を明確にイメージできるようになりました。その一方で「自分のことをよくわかってくれる企業のサービスを買いたい」と考えるようにもなっています。彼らの大半がスマートフォンを持ち、信号を待っている空き時間にも漠然とスマホでツイートを見たり検索したりしています。それであれば、彼らとコミュニケーションを取りたい企業は、どんな人が、どこに居て、どんな情報に接しているかを知り、絞り込んでプロモーションをかけることも可能です。マス広告全盛のころは、「偶然見た時に記憶してくれることを期待して、インパクトで勝負」していました。いまはそういう時代ではありません。デジタルコミュニケーションを活用して、欲しい人に、欲しいときに、欲しいものを適切なコミュニケーションによって伝えるやり方が正しいのです。
パーソナライズを当たり前のこととして受け容れる文化

――現状はそこまで進んでいないように見られます。
石井:日本企業は、過去の成功体験にとらわれすぎているように感じます。実際に、B2C企業には「テレビでマス広告を打つことが、生活者相手のコミュニケーションにおける最大の成果になる」と考えているマーケターが今でも多いのです。実際には多様な価値観を持った生活者をコミュニケーションの対象としなければならないわけですから、そこで重要になるのは優れたワンツーワンコミュニケーションによる体験の提供です。これは、デジタルが得意とする分野です。
――真摯にデジタルに取り組んでいる日本企業もあります。そうした企業に共通する特徴はありますか。
石井:海外に市場を求めたことのある企業は、デジタルの価値を理解している傾向が強いようです。「日本のやり方をそのまま持ち込んで、海外でマーケティングに失敗した企業」と言えるかもしれません。やってみて、違いに気づいたのです。マスを狙うのであれば「大多数」が相手になります。日本の生活者は、教育レベルがそれなりに高く、日本語を話し、識字率はほぼ100%です。大多数が存在するわけです。しかし、海外は違います。多様な人種が暮らす国が多く、多言語の国なら言葉も変えなければなりません。文化によって禁忌が違ったりもします。
――そうしてパーソナライズの重要性に気づくわけですね。
石井:多様な民族が暮らす米国では、昔から顧客ごとに別のコミュニケーションを取るやり方が重視されてきました。だから、パーソナライズという概念がすっと理解できました。欧州や中国もそうでしょう。一方、大多数の存在する日本では、パーソナライズという概念がすとんと落ちませんでした。でもいまや、日本の中でも個性が際立つ時代になってきましたし、消費者も「みんなと一緒」を良しとしなくなっています。取り組みが遅れたぶんだけ、日本企業は遅れていると見ています。
デジタルなら「仕組まれたセレンディピティ」を演出できる

――パーソナライズによって、マーケティングはどのように進化していくと考えていますか。
石井:その前に、パーソナライズは大切だけれど、「本当にこのやり方でいいのだろうか」と疑問に感じる施策もあります。一例を挙げると、リターゲティング。たとえば、一度挨拶した程度の異性から、「連絡先を教えてほしい」としつこく迫られたら、どう感じますか?(笑) リターゲティングはストーカーのようで、個人的にはあまり好みではありません。
――何らかの改善はできるのでしょうか。
石井:偶然の再会を演出して、「あのときの人ですか!」と驚いてもらうアプローチの方が好印象ですよね。デジタルなら「仕組まれたセレンディピティ」、すなわち、「偶然に、本来求めていなかった何かを発見すること」を演出できるはずです。たとえば、ある商品の情報を自社サイトで数回見た顧客に対して、外部サイトでその商品の広告ではなくその人が興味を持ちそうな関連商品を見せるような仕組みです。さらに、自社サイトを見てくれている人のそのときの気分なども加味して提案できれば理想ですね。
――そうしたコミュニケーションを実現するために企業がいまやるべきことは何でしょう。
石井:まずは、できる限り多くの多面的データにもとづいて顧客のことをきちんと理解すること。そのための技術は、すでにあります。人の気分については、今後のAIに期待する分野です。いかにもAIの得意な分野ですから、近い将来必ず実現できるようになるでしょう。その準備を整えるためにも、いまからパーソナライズに取り組んでおいてほしいのです。
――最後に、変革の必要性を少しでも認識している企業にメッセージをお願いします。
石井:これまでのやり方はもう通用しないと肝に銘じてください。生活者はスピード感をもって変化し続けているのですから、新しいビジネスモデルが必要です。これまでの成功したモデルにとらわれることなく、時代に合ったモデルを確立することで、ディスラプションの波に立ち向かい、グローバル市場で戦うことができます。根幹になるのは、デジタルであり、データです。データを活用することができれば、顧客が求めていることがわかり、「顧客に何を提供できるか」と戦略を立てられます。そして、何かを求めている顧客に、正しいメッセージを伝えることができます。「データドリブンなマーケティング」、すなわちデータにもとづいてパーソナライズを行い、顧客一人ひとりに最適なメッセージを届けるという考え方を定着させることは急務です。顧客の変化を把握し、それを事業変革に結びつける力をつけてほしいですね。
――本日は、ありがとうございました。
UNITE編集部
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企業のデジタル変革は、組織横断の幅広い取り組みとなります。これには、新たな経営戦略、組織編成と人材育成、ビジネスプロセスの刷新、そして「顧客体験のための企業システム基盤」の構築などが含まれます。
アドビはこれまでも、グローバルで多様な業界のブランド企業のために、テクノロジーとサービスを提供してきました。それが、顧客体験管理(CXM)のためのプラットフォームであるAdobe Experience Cloudと、アドビコンサルティングサービスです。顧客インテリジェンスやDMP(データ管理プラットフォーム)、リアルタイムCDP(カスタマーデータプラットフォーム)といったデータ基盤の構築、パーソナライゼーションに欠かせない膨大なコンテンツを生成し活用するためのコンテンツ基盤の構築にご興味をお持ちの方は、アドビへご相談ください。