この記事を共有する:

- 1 店舗だからこそ見える、顧客の物語を可視化するカスタマージャーニーマップづくり
店舗だからこそ見える、顧客の物語を可視化するカスタマージャーニーマップづくり
2019年5月9日
カスタマージャーニーマップは、顧客と企業の関係を可視化し、あらゆる顧客対応の中心になるものだ。想定しうる典型的な顧客行動を網羅し、顧客の行動を把握する。そして、それに即座に対応するための組織作りやプロセス作りの視座となる。
カスタマージャーニーの「作り方」に正解はない。顧客のそれぞれに、別の物語があるためだ。また、カスタマージャーニーマップはデジタル施策の一環として作成されると考えられがちだが、そうではない。顧客はデジタルと店舗を分けて考えたりはせず、企業やブランドをひとつの存在と見なしている。そのため、企業は顧客の時間軸や行動軸、体験軸において、デジタルとリアルのような境目を取り払い、すべての体験を理解することが大切になる。
デジタルチャネルだけに限った場合、適切な仕組みさえあれば、顧客の行動は精緻に取得できる。一方、店舗などのリアルチャネルを横断した顧客体験を把握し、デジタルとリアルを自由に行き来する顧客行動を、どのようにカスタマージャーニーマップへ投射すればよいのだろう。顧客のことを最も詳しく知っているのは、顧客接点の最前線となるリアル店舗だ。そして、その声を生かすことで、より良い顧客対応策を立案できると考えた企業も出てきている。
ファッションをはじめさまざまなブランドを展開するアダストリアグループの株式会社エレメントルールは、アドビのコンサルティングサービスと協力し、店舗の声を活かしたカスタマージャーニーマップ作りに取り組んだ。

同社は2019年2月、「ハンサムウーマン」のためのディリーカジュアルブランド「BARNYARDSTORM(バンヤードストーム)」における、全国の店長を集めた店長会のなかで、カスタマージャーニーワークショップを実施した。その模様から、カスタマージャーニーマップ作成のヒントを探ろう。
まず取り組むのは、「顧客像の一般化」

カスタマージャーニーマップを作る目的は、顧客の目線に立ち、顧客の物語を知るためだ。顧客は誰で、どんな行動をしていて、なぜファンになるのか。マーケティングでは、典型的な顧客像をペルソナ(心理学用語。仮面の意)と呼び、ペルソナに対してどんな施策を打てば響くのか、と考える方法がある。カスタマージャーニーマップ作成の前提として、最初にペルソナの定義が必要になる。

ワークショップには、同社アパレルブランド「BARNYARDSTORM」の全国各店舗で店長を務める約40人が参加した。
今回のワークショップでは、参加者を6つのチームに分けて、それぞれがカスタマージャーニーマップを作った。ペルソナの定義は、実はそれほど難しくはない。日々接客している顧客を思い浮かべながら、チームメンバーの思いつくさまざまなプロファイルを出し合う。ここで大切なのは、「すべてが正解」であることだ。他の意見を否定してはならない。

実際に、チーム内でも各自がイメージするペルソナは異なる。そのすべてをピックアップし、チームとしての意見をまとめることになる。すると、興味深いことに共通項も出てくる。今回のワークショップでは、豊かなライフスタイルへのこだわり、世帯年収、などで共通する顧客の姿が浮かび上がってきた。
ペルソナの行動を細かく追う

ペルソナを定義すると、その人物の具体的な行動の価値基準がイメージしやすくなる。次は、彼らの行動について考えていく。街をどんな気分で歩いているか、どうやってBARNYARDSTORMを知ってくれるのか、どうしてBARNYARDSTORMを好きになってくれるのか。そして、店で買い物をしてくれた後、どのような気持ちや状態になるとまた来店してくれるのか。認知、接触、来店、購入、再来店という流れをかみ砕いて理解していく。

自分の大好きなBARNYARDSTORMを知ってもらって、好きになってもらいたいという熱意から、前向きな意見が飛び交う。
今回のセッションでは、大きな付箋に意見を書いて貼っていく進め方をしたため、多くの意見が一目瞭然になる。それらを眺めていると、認知段階でソーシャルやブランドサイトの重要性を指摘したチームが多く、店頭を通りかかった顧客の足を止めるVMD(Visual MerchanDising:視覚的にアピールする売り場づくり)の効果にも共通性が見られた。

中には、商品知識に裏打ちされた着回しの提案など「来店した顧客の心をつかむのは店舗での接客次第だ」というプライドを感じさせるものや、顧客の顔や好みを覚えて「以前も来店してくれたかもしれないお客様に対して、“いらっしゃいませ”より“こんにちは”と声がけする方が距離を縮められる」というノウハウを紹介するものもあり、興味深い。
顧客に最高の体験を提供するために「自分たちができること」を見つけ出す

ここまで、認知、接触、来店、購入、再来店という流れを経ることになるペルソナの行動をつかむことができた。次に、その行動タイミングを想像しながら、そこで何をしてもらえばうれしいか、もしくは嫌かについて列挙していく。タッチポイントごとに、どんな行動をすれば顧客の感情が動くのかを考えるのだ。

その上で、MOT(Moment Of Truth:決定的瞬間)を想定する。MOTとは、タッチポイントにおいて顧客の感情を刺激し、なんらかの判断が行われることになる源を差す。すると、MOTをきちんとつかまえるために、自分たちがどう行動すればよいのかがわかる。つまり、タッチポイントを明確化し、そのタッチポイントにおける良い行動と悪い行動を列挙し、その中から理想の行動を導き出すことになる。
職種によって変わるペルソナを受容する

最後に、6つのチームそれぞれの考察を発表し、理解と気づきを参加者全体で共有し合った。

今回のワークショップは、各店舗の店長に集まってもらって実施したものだ。アダストリアグループでは、以前にマーケティングやPRを担うメンバーで同様のセッションを実施したことがあり、その際に作られたカスタマージャーニーマップと今回のものにいくつかの違いが見られたという。
BARNYARDSTORM営業部 PR/ECマネジャー 宮坂 朋枝氏は、「私たちは、web広告からランディングページへ至り、ECサイトで購入してもらうという流れを中心に考えていました」と話す。「対して店舗では、リアルに接客しているお客様の様子を深く観察しています。目の前に居るお客様とのコミュニケーションをより良くすることを目指す視点が多く、参考になりました」(宮坂氏)。
実際に、「店員がブランドを体現するファッションに身を包んで着こなしを実践し、コーディネートの相談などにていねいに接客する」といった視点は各チームから上がっていた。こうした最前線の感覚を共有できたことは、今回のセッションで得られた大きなメリットになるだろう。

また、今回の店長向けワークショップを企画したBARNYARDSTORM営業部 スーパーバイザー赤星亮太氏は、「過去一年の営業テーマ『マインドの統一』に向けた取り組みを通し、思った以上に顧客に対するマインドの統一ができてきていることを感じました。そして今期の営業テーマ『最高のチームビルディング』に向けて、今回のカスタマージャーニーワークショップは頭の整理となり、非常にいい体験となったと思います」と話す。
想定するペルソナに違いがあるのと同様に、カスタマージャーニーマップにも、唯一絶対の正解は存在しない。店舗の立地などの条件で顧客層にズレは生じる。ECと店舗でも違う。ペルソナごとにも変わってくる。ただ、共通点や相違点が可視化されることで見えてくることがある。顧客のパーソナルなポイントを把握し、相手に合ったものをおすすめすることで、着こなし、喜んでもらい、ブランドのファンになってもらうのだ。そのために、自らの仕事を見つめ直し、顧客体験を最大化するためにどうしたらいいのか、と考えるヒントになる。そして、ブランド全体の行動指針が生み出されることになる。
ブランドにかかわるすべての人たちが、顧客の物語を意識し、顧客のMOTをより良くするためにどうすべきかを考えることは、大きな意味を持つ。「顧客体験を高めるためにどう行動すべきか」と日々考えるよう意識づけることになるからだ。これは、あらゆる業種、業界で有効な取り組みだろう。
第三者によるファシリテーションから生まれる気付き

多くのビジネスパーソンは普段の業務の中で、「自社の視点」や「自分の視点」から、ブランドのメッセージや接客方法はどうあるべきかを考える。そして、日々の顧客とのやり取りの中から気付きを得て、より良い接客を積極的に心がける。そうした自発的な姿勢を持つ人材を多く持つ企業は、優れた顧客体験を生み出す素地を備えていると言える。
一方で、普段の業務、あるいは個人単位の気付きだけでは得られない視座もある。視点や価値観を変え、「社外の視点」や「顧客の視点」から自社を俯瞰して客観視するのは、誰にも容易にできることではない。
そこでアドビは、企業のビジネスパートナーとして、そして第三者の立場から、ビジネスリーダーや前線のビジネスパーソンの気付きを引き出すための、さまざまなコンサルティングサービスを提供している。グローバルで培った方法論と経験も生かしながら、企業それぞれの現状や課題に寄り添い、ともに併走することで、新たな視座を見つける支援を行うわけだ。今回実践されたカスタマージャーニーワークショップのサービスでは、顧客接点を担う人材の潜在的な知見を集合知化することで、自社の提供している顧客体験の全容を可視化したのだ。

このワークショップのモデレーターを務めたアドビコンサルタントの大藪光司(中央)。「MOTとはつまり、“アガる”タイミングですね!」など、店員がより実感しやすい言葉で説明する。
こうして作られたカスタマージャーニーマップは、顧客理解と顧客対応を支援するデジタル基盤を用いることで、全社にわたって具現化することができる。デジタル基盤は、デジタルとリアルの継ぎ目なく、顧客とブランドとの最適なコミュニケーションを促進する役割を果たす。カスタマージャーニーマップを接客の最前線を担う人材とともに考えることで、リアルな顧客体験をより正確な顧客像を反映したデジタル基盤へとブラッシュアップできる。今回の取り組みで、アダストリアグループは顧客体験向上へのさらなる一歩を進めたと言えるだろう。
UNITE編集部
関連資料
「連続性が保たれた体験(コネクテッドエクスペリエンス)」は、カスタマージャーニー全体にわたり、顧客と企業との関係を望ましいものに保つための、一連の組織的な施策と仕組みによって、実現されます。その構築のために取るべき戦略について詳しく解説します。