インバウンドマーケティングの動向と具体的な実践方法

はじめに

スマートフォンの爆発的普及によって、顧客はいつでもどこでもインターネットに接続できるようになり、検索エンジンやソーシャルメディアで情報を探し、ECサイトで物品やサービスを買うことが当たり前になりました。

2009年にアメリカで「Inbound Marketing: Get Found Using Google, Social Media, and Blogs」が発売されてからはや8年。顧客の情報行動、購買行動が劇的に変化する現代において、もはや欠かせなくなった「インバウンドマーケティング」のコンセプト。今回はその成り立ちから、アウトバウンドマーケティングやコンテンツマーケティングとの違い、そして、具体的な実践方法まで詳しくご紹介します。

目次

  • インバウンドマーケティングとはなにか
  • なぜ、アウトバウンドマーケティングが効かなくなってきているのか
  • コンテンツマーケティングとの違い
  • インバウンドマーケティングのメリット
  • 購買プロセスに応じたインバウンドマーケティング手法
  • BtoBインバウンドマーケティングを成功させるためには
  • インバウンドマーケティングの成功事例
  • インバウンドマーケティングを学べる書籍

インバウンドマーケティングとはなにか

「インバウンドマーケティング」とは、Webサイトやブログ、ソーシャルメディアなどで役立つ情報を提供し、自社を見つけてもらい、見込み顧客を獲得・育成して、顧客になってもらうまでのマーケティングの手法です。

インバウンドマーケティングツール・サービスを提供する米国のHubspot社の創業者Brian Halligan氏と著名なマーケティング戦略家David Meerman Scott氏が2009年に「Inbound Marketing: Get Found Using Google, Social Media, and Blogs」を発売。日本でも2011年に翻訳版の「インバウンド・マーケティング」が発売され、その存在が広く知られることになりました。

思想的には、アメリカのマーケティングの大家・Seth Godin氏が1999年に発売し、ベストセラーになった「Permission Marketing: Turning Strangers Into Friends And Friends Into Customers」に連なる部分があります。Seth Godin氏は、企業が売り込みをする際、テレビCMや雑誌・新聞広告など、消費者がなにかを楽しんでいる時に土足で踏み込み、注意や時間を奪うマーケティングを「Interruption Marketing=消費者の邪魔をするマーケティング」と強く批判し、顧客の承認(パーミッション)をもらうべきだ、と唱えました。

インバウンドマーケティングのコンセプトが生まれた背景には、Interruption Marketingと呼ばれるような従来のテレビCMやダイレクトメール、コールドコールや飛び込み営業など、売り手/企業本位で行われるマーケティングに、ユーザー/買い手/顧客が嫌気をさしている、という課題感がありました。

その課題感を受け、これからの時代の企業は顧客本位のマーケティングをしていこう、というのがインバウンドマーケティングに内在する本質的な考え方です。

なぜ、アウトバウンドマーケティングが効かなくなってきているのか

1.interrupiton marketingの限界

先述の「パーミッションマーケティング」でも指摘されたとおり、消費者は企業側からの一方的な「Interruption Marketing=消費者の邪魔をするマーケティング」に嫌気がさしており、各種の広告を信頼しなくなってきています。

ニールセンが2009年にネットユーザー25,000人に行った調査によると、9割が「個人的な知り合いからのおすすめ」を、7割が「ネット上の消費者の意見」を信用していると回答。一方、マス4媒体やデジタル広告への信用度は低い結果となりました。

広告形態ごとの信頼度

広告形態別の信頼度(2009年4月)。世界で最も信頼される広告形態は「知り合いからのおすすめ」「ネットのクチコミ」【ニールセン調査】を参照

様々な調査で、広告への信用度が下がる一方、個人的な知り合いからのおすすめや第三者の口コミへの信用度が高まっていることが報告されており、企業から消費者へのパワーシフトは不可逆の流れになっています。

2.情報過剰の時代

2007年に発売され、広告・マーケティング業界で大きな話題になった「情報大爆発―コミュニケーション・デザインはどう変わるか」で『情報過剰時代』と呼ばれたようにインターネットの普及に伴って、世の中に発信される情報が幾何級数的に増大し、我々消費者が消費可能な情報量をはるかに上回っています。

各情報量の推移

総務省が行った「情報流通インデックスの計量」調査(H23年8月)の発表資料から抜粋

この情報大爆発時代においては、企業が情報を発信しても、その情報はもはや消費者に届きづらくなっています。伝えたいメッセージをどのように伝えるか、企業は再考を求められています。

3.インターネット普及による情報行動の変化

インターネットの普及によって、何かを調べるとき、GoogleやYahoo!などの検索エンジン、最近ではTwitterやInstagramで探すことが当たり前になりました。また、ソーシャルメディアの拡がりによって、ネット上で知り合いや第三者の製品・サービスに対する口コミを知ったり、あるいは自らも口コミを投稿することが当たりに行われるようになりました。

そうした情報行動の変化は、法人間取引の現場でも起きています。トライベック・ブランド戦略研究所が行った「BtoBサイト調査 2016」では、仕事上の製品・サービスの情報源として、企業のWebサイトが最も多く参照されており(51.3%)、他の情報源を大きく上回っています。なんと「営業員・技術員の説明」(31.5%)を20ポイント近く離しており、製品・サービスの情報源は、営業担当者に"売り込みを受ける"時代から、"Webを使って自ら見つけ出す"時代へと確実に移行したことがわかります。

インターネット普及による情報行動の変化

総務省が行った「情報流通インデックスの計量」調査(H23年8月)の発表資料から抜粋

また、ヤフー株式会社が2012年に実施した「BtoB商材の購入プロセスにおけるインターネット広告の役割」では、業務系・基幹系システムの購買プロセスにおける情報源で、"知るきっかけとなった"、"比較・検討した"際の情報源は「インターネットサイト・広告」が最も多く、「メーカー・ベンダー担当者」や「見本市・展示会・セミナー」といったチャネルを上回っていました。※"購入の決め手となった"のは「メーカー・ベンダー担当者」でした。

さらに、コーポレート・エグゼクティブ・ボードが1,400社以上のBtoB企業を対象に行った調査で、BtoB商材の購買行動のうち、57%のプロセスは顧客が自ら行っていることがわかりました。顧客は自ら情報収集を行い、課題を解決する方法を見つけ出す力を持ち始めています。

もちろんアウトバウンド施策が有効なケースも

このような顧客の購買行動の変化によって、Webサイトやブログ、ソーシャルメディアを活用して、適切なコンテンツを適切な場所、タイミングで発信していくインバウンドマーケティングは有効性を増しています。しかし、必ずしも、テレアポやDM、広告などの施策が不適切というわけではありません。テレアポやDM、広告でも、あくまでも顧客視点に立って、顧客の課題解決に役立つ情報を、適切なタイミングで伝えられれば、それはinboundな施策と言えます。改めるべきは、そうした施策を、企業本位な形で実施してしまうことです。

コンテンツマーケティングとの違い

よく比較されるインバウンドマーケティングとコンテンツマーケティングは、実は大きく違う概念です。

米国のコンテンツマーケティングの生みの親、Content Marketing Instituteの「What Is Content Marketing?」には、"Content marketing is a strategic marketing approach focused on creating and distributing valuable, relevant, and consistent content to attract and retain a clearly defined audience -- and, ultimately, to drive profitable customer action."と書かれている通り、コンテンツマーケティングは、マーケティング課題の解決・成果の最大化のために「コンテンツ」という手段を使っていきましょう、という概念です。認知拡大、興味喚起、見込み顧客の育成、リピートの獲得などをあくまでも「コンテンツ」を使って、実現していくマーケティング手法です。

一方、インバウンドマーケティングの提唱企業であるHubspot社が提示する「WHAT IS INBOUND MARKETING?」では、"Inbound marketing is an approach focused on attracting customers through content and interactions that are relevant and helpful -- not interruptive. "と書かれており、コンテンツや顧客との交流を通じて、顧客を惹きつけるプロセスに注目する概念です。

企業本位のinterruptiveな形ではなく、消費者/ユーザー/顧客本位に彼らと関連があり、役立つマーケティングをしていこう、という概念で、実施するのは「コンテンツ」だけにとどまりません。

もちろん、どちらが優れている、というわけではなく、インバウンドマーケティングの遂行にコンテンツマーケティングは欠かせませんし、コンテンツマーケティングを実施する上でもインバウンドマーケティングの考え方や施策は必要になります。現代のマーケターにとって両方とも必須で理解しておくべき概念である点は変わらないでしょう。

インバウンドマーケティングのメリット

1.顧客に好かれやすく、費用対効果が高い

グローバル化とインターネットの普及を背景に、企業は今までにない競争にさらされています。その競争環境の激化に加えて、ソーシャルメディアで個人と個人がつながり、評判や信用がすぐに伝播する現代。顧客に嫌われることは企業にとって大きなマイナスになります。interrupiton marketingから「lovable marketing」とも言われる顧客本位の「インバウンドマーケティング」にシフトできれば、顧客から好かれる企業になることができます。

インバウンドマーケティングはアウトバウンドマーケティングに比べて、62%もリード獲得単価が低い、という米国のデータもありますが、顧客に好かれた結果として、当然、顧客数や売上、利益は増していきます。日本でも、セレブリックス社ではインバウンドマーケティングに取り組み、訪問受注率が7倍になり、大きな成果を出した事例も公開されています。

訪問受注率が7倍に!営業のプロフェッショナルが体験したインバウンド営業の効果 | サイト改善、マーケティング支援のマーケイット(MARKEiT)

2.マーケティング資産が蓄積する

マーケティング施策上の大きなメリットとして、コンテンツが資産として蓄積していく点があります。リスティング広告やFacebook広告などは、顧客の印象には残りますが、広告出稿を止めれば、それ以上、認知や流入を獲得することはありません。展示会やセミナー/ウェビナーも、顧客のリード情報やブランドの蓄積はされますが、一過性のイベントであることは確かです。

しかし、ブログやソーシャルメディアの投稿、製品・サービスサイトのコンテンツは、Web上に半永久的に残り、資産が積み上がっていきます(『The Invisible Sale』の著者Tom Martin氏はこのことを"Google forgets nothing"と表現しています)。

3.顧客データが豊富に取れる

いままでのテレビCMや新聞・雑誌広告では、どのような人が広告に触れ、その後、どのようなアクションを取ったのか、ほとんど把握できませんでした。そのため、実際の商品の売上と広告出稿の相関を見て、どの広告が売上に貢献したのかを調べるしかなかったわけです。しかし、Webサイトやブログ、ソーシャルメディア、メール等のデジタルチャネルを活用するインバウンドマーケティングでは、どのような人が情報に接し、どのようなアクションを取ったのかを把握することができます。そのため、データに基いて、顧客のニーズを洞察したり、施策のPDCAを回し、より精度の高いマーケティング施策を打っていくことができます。

購買プロセスに応じたインバウンドマーケティング手法

それでは具体的にどのような施策を打っていけば良いのでしょうか?
基本的には顧客が課題を認識してから、製品を購入し、利用する一連のプロセスに対し、顧客に寄り添い、リードジェネレーションやリードナーチャリングのプロセスを経て、継続的な関係を築いていきます。

購買プロセスに応じたインバウンドマーケティング手法

上記は顧客の購買プロセスごとに有効なインバウンドマーケティングの施策をマッピングしたものですが、マーケティングの基本通り、ペルソナを設定し、カスタマージャーニーを洗い出し、彼らに必要な情報を適切なタイミングで、適切な場所で届けていきます。

情報を届ける手段として、Webサイトやブログ、ソーシャルメディア、メール等が中心に活用されます。最近では、日本企業でもこのプロセスの中にマーケティングオートメーションツールを導入したり、社内にインサイドセールスのチームを持つ会社も増えてきています。

BtoBインバウンドマーケティングを成功させるためには

1.まずは小さな成功体験を

インバウンドマーケティングのような組織全体を巻き込むような取り組みを浸透させる場合、いきなり、ブログメディアの立ち上げやリードナーチャリングのプログラムを組むことから始めると、成果が出るまでに時間がかかりるため、インバウンドマーケティング全体の取り組みが頓挫しかねません。

まずは、小さな成果を上げ、協力者を増やしながら段々と大きな取り組みにしていくことをおすすめします。具体的には、マーケティングファネルの受注に近い施策(LPやSEOなどのコンバージョンに直結する施策)の改善から取り組むと短期的に成果を出しやすく、中長期で施策を打っていくこと対する社内の理解が得られやすくなります。

2.営業部門との連携を欠かさない

アメリカはCMOが次期CEO候補と呼ばれますが、日本はトップセールスが次期CEO候補になりやすい、と言われるほど、営業優位の会社が多いです。どのようなリードを渡すべきか、渡したリードはどうだったか、営業と密にコミュニケーションを取りながら進めていきましょう。営業とうまく連携することが、マーケティング成果を最大化させるカギになります。

3.アウトソーシングを有効に使う

インバウンドマーケティングの中で重要な役割を持つコンテンツですが、作成に手間とコストがかかるのは否めません。米国と違い、日本にはマーケティング部門がない企業が多く、そもそも人数が少ない中でマーケティング施策をやっていると、既存のセミナーや展示会、広告運用などに手一杯になってしまいます。
その上でさらに、自社で慣れないコンテンツ作成をするとどうしても、時間がかかってしまうもの。限られた予算、リソースの中でやりくりする必要がありますが、コンテンツ作成を外注することで、取り組みが進み成果が出やすくなります。

米国では、平均で44%の企業がコンテンツ作成をアウトソーシングしているというデータもあり、日本のコンテンツアウトソーシングもますます進んでいくことでしょう。

インバウンドマーケティングの成功事例

月間200件の問い合わせを獲得するソウルドアウトの『LISKUL

先日、東証マザーズに上場し、中小・ベンチャー企業のWebマーケティング支援を行うソウルドアウト株式会社。2014年1月に「LISKUL」の運営を開始し、自社社員による執筆を継続し、2017年7月時点で月間70万PVを誇るメディアに成長させています。結果として、月600~800件の資料ダウンロード、150~200件の問い合わせを獲得しているようです。

元々、新規顧客の獲得はテレアポなどのアウトバウンド施策が中心だったようですが、現在は、LISKULによって、費用対効果を劇的に改善しつつ、インバウンドでの顧客開拓に成功しているようです。

自社ターゲット顧客の課題解決に寄り添ったfreeeの『経営ハッカー

数百万PVを達成するクラウド会計ソフトのfreeeが運営する『経営ハッカー』。立ち上げのきっかけは代表の佐々木社長が会社設立を効率的に進めようとインターネットで検索しても、情報が出てこなかった、という体験にあるようです。

『オフィスの移転時に注意しておきたい必要な手続き』、『個人事業主必見!知っておきたい所得控除 全15種の要件・控除額まとめ』など、中小企業の経営者やフリーランスに役立つ情報を発信し、会計ソフトfreeeの認知拡大やリード獲得に貢献しています。

インバウンドマーケティングを学べる書籍

最後にインバウンドマーケティングを学ぶのにおすすめの書籍を紹介します。

インバウンドマーケティング』 著:ブライアン・ハリガン, ダーメッシュ・シャア

インバウンドマーケティングが世の中に広まるきっかけとなった本です。どのような背景でインバウンドマーケティングが求められているのか、「見つけられる」ためにどのような施策が必要なのか解説されています。

マーケティングとPRの実践ネット戦略』 著:デビッド・マーマン・スコット

前述の『インバウンドマーケティング』を監修したデビッド・マーマン・スコット氏が書いた本です。具体的な事例が豊富で、海外の先進企業の取り組み、考え方がバランス良く吸収できます。

インバウンドマーケティング』 著:高広 伯彦

Hubspotのツールを日本に輸入してきたマーケティングエンジン社の創立者が書いた本です。マーケティングコンセプトの系譜から具体的な方法論まで、アカデミックな視点も交えつつ書かれています。

BtoBウェブマーケティングの新しい教科書』 著:渥美 英紀

多くのBtoBマーケター/Web担当者が参考にした名著『ウェブ営業力』から8年を経て、刊行された本書。BtoBウェブマーケティングに必要な考え方や戦略、戦術、具体的なTIPSまでまんべんなく紹介されています。

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