問題を解決するには、まず意思決定が必要です。では、あなたのチームは意思決定にどれくらいの時間をかけているでしょうか? マッキンゼー の調査によると、組織の意思決定が「迅速に行われている」と答えたマネージャーは全体の50%にとどまり、さらに10人中6人は「意思決定に費やす時間の半分は非効率だ」と答えています。
1960年代のトヨタも同じ課題に直面していました。そこで同社は「A3」と呼ばれる新しい問題解決のアプローチを生み出し、その後、世界中に広まりました。では、A3問題解決とは具体的にどのような手法なのでしょうか。そして、それはどのようにしてあなたのビジネスの問題解決に役立つのでしょうか。デジタルコマース変革のヒント:
A3問題解決とは?
リーン生産方式の一部であるA3問題解決は、問題とその解決策をA3サイズ(11×17インチ)の用紙1枚に要約する手法です。この用紙を「A3報告書」と呼び、ビジネス上の課題を解決するために一連の項目が整理されています。
イメージするとわかりやすいのは、A3問題解決が理論であり、A3報告書がその実践的なアウトプットだということです。両者は密接に関連していますが、同じものとして扱うべきではありません。
A3問題解決のアプローチは、トヨタがトヨタ生産方式(TPS)の一環として生み出したものです。その後、世界中のさまざまな業界で採用され、広く知られるようになりました。
A3問題解決の歴史と起源
A3問題解決は、戦後のトヨタで注目されるようになりました。リーンと呼ばれる新しい生産哲学の一部として登場したのです。1960年代のTPSにおいて、A3問題解決は継続的改善と組織全体に問題解決文化を根付かせるうえで重要な役割を果たしました。
大野耐一による提唱
20世紀半ば、トヨタは工場での効率化と無駄の削減を目指していました。大野耐一 のリーダーシップの下、トヨタは 「改善(カイゼン)」 や 「現地現物(Go and See)」 と呼ばれる実践に取り組みました。
現地現物の核心は、問題の根本を素早く突き止めることにあります。大野はマネージャーたちに、問題を簡潔にまとめ、診断できるようにすることを求めました。こうして、問題と解決策をA3用紙にまとめる流れが生まれ、A3問題解決が誕生したのです。
ジョン・シュックによる世界展開
1980年代には、A3問題解決はトヨタに深く根付き、新入社員は全員研修で学ぶまでになっていました。1983年にトヨタへ入社したジョン・シュックもその一人です。彼は吉野勲らの指導の下でA3問題解決を学び、トヨタの外へ、そして世界中の多様な業界へ広めていきました。また、初心者向けにA3プロセスを解説した『Managing to Learn』という書籍も著しました。
「トヨタには、問題を解決することで知識を生み出し、働く人々に学び方を学ぶ力を与える方法があります。経営者はA3というツールを使い、より深い思考法を共有するのです」
ジョン・シュック
A3問題解決を導入する理由
A3問題解決の方法論とA3報告書を活用することで、問題をより効率的に解決できるようになります。事務作業の肥大化を抑え、意思決定のスピードを高めることが可能になります。
マッキンゼーによれば、非効率な意思決定が原因で、年間50万日もの時間が失われているといいます。A3報告書を作成し、自ら現場を観察し、関係者と話をすることで、こうした損失を減らすことができます。
A3問題解決の主なメリット

A3問題解決のプロセスを実践することで、チームは次のようなメリットを得られます。
- 迅速な問題解決: 簡潔なフォーマットが、素早い問題解決を可能にします。問題、分析、解決策のすべてを1枚に集約することで、チームは重要課題をすぐに共有し、迅速に行動できます。これにより意思決定が加速し、遅延を最小化し、タイムリーな解決が実現します。
- コミュニケーションの強化: A3報告書は視覚的に整理されているため、明確かつ簡潔で伝わりやすいのが特長です。問題と解決策を1枚にまとめることで、曖昧さを排除できます。情報伝達が効率化されることで、透明性が高まり、理解が深まり、議論の質も向上します。
- コラボレーション: A3問題解決は、多様なバックグラウンドや専門性を持つ人々を集め、協働を促進します。コラボレーションは知識共有を促し、チーム文化を強化します。また、全員が問題を正しく理解できるようになります。
- 継続的な学習と成長: A3問題解決は、継続的改善の原則に基づいています。これにより、組織内に学習する姿勢を根付かせます。チームメンバーは、問題の根本原因を学び、改善の機会を見つけ、自らの問題解決スキルを高めることができます。
A3報告書とは?
A3報告書は、A3問題解決プロセスの中核となるアウトプットです。問題の定義から解決策の提示までを、A3用紙1枚に段階的に整理し、思考プロセスを「見える化」します。報告書はグリッド形式で構成され、執筆者が課題に関する情報や行動計画を各ボックスに記入します。
A3報告書で得られる内容:
- 問題の概要
- 背景と状況
- 目標や望ましい成果
- 問題の原因分析
- 対策の内容
- 実施計画
- 進捗のフォローアップ
A3報告書を7ステップで作成する方法
以下の表は、A3報告書の作成方法を理解する助けになります。各要素について、理論と実際の事例を並べて解説し、A3報告書の実例を紹介します。
- 品質管理プロセスを改善します。 新製品に対して、より厳格な品質管理プロセスを導入します。
- 配送チームへの 追加トレーニングを実施します。トレーニングには、壊れやすい製品の特定方法と取り扱い方法、適切な梱包方法などが含まれます。
- カスタマーサービス部門と製造部門の 連携を強化し、不具合や配送問題を迅速に特定できるようにします。
これらの対策を実施するため、以下の計画を立てました:
- 次の30日以内に 品質管理プロセスを改善します。
- 次の60日以内に 追加トレーニングを実施します。(教室での講習と実地訓練を含みます)
- 次の30日以内に、カスタマーサービス部門と製造部門間の 新しい連携プロセスを導入します。
A3報告書を書く順序
- ページの左上 から記入を開始します。問題を記述し、順を追って進めていきます。
- ページの左側 には、分析ステップ(最初の4段階)をまとめます。これに紙面と作業時間の半分を割きます。
- ページの右側 には解決策(改善案、アクションプラン、評価とフォローアップ)を記入します。
A3報告書で直面しやすい課題と克服法

問題定義の不明確さ
問題と目標を明確に定義することは、A3報告書の基盤です。曖昧さや誤った情報に基づいた場合、報告書全体が損なわれる可能性があります。できる限り具体的にし、抽象的な表現は避けましょう。メッセージは簡潔に余分な言葉を削ぎ落とし、すべての文が意味を持つようにすることが重要です。
成果につながらない対策。
対策とは、課題に取り組み、解決策を実行に移すための具体的なステップです。これらを十分に検証し、実行可能性を吟味しなければ、成果は中途半端に終わってしまうでしょう。検討しているステップが、本当に目指す最終ゴールに結びつくのか、自問してみてください。そして、設定した期限内に、今あるリソースで実現可能かどうかも確認する必要があります。
ステークホルダーとの連携不足。
A3報告書を実行に移すには、ステークホルダーの合意を得ることが欠かせません。必要なメンバーがそろっていますか?チームが特定した課題や、その解決アプローチについて、メンバーは同意していますか?ステークホルダーとの交渉に臨む覚悟を持ちましょう。外交的かつ説得力をもって臨みつつ、相手の立場に共感する姿勢も忘れないでください。心と信頼を勝ち取りましょう。
真因を突き止められない。
問題を定義すること自体は簡単ですが、徹底した原因分析を怠れば、1年後にまた同じ課題に直面する可能性があります。そもそもなぜその問題が起きたのかを理解することが、より効果的で現実的な対策づくりにつながります。
フォローアップが不十分。
一連の対策を実施しました。これで終わりでしょうか? まだ終わりではありません。フォローアップは、A3報告書の重要なプロセスのひとつです。適切にフォローアップしなければ、せっかくの計画も水の泡です。導入後の進捗をモニタリングする明確なアクションを設定しておきましょう。
A3問題解決に関連する有用な概念
リーン手法。
20世紀半ばに誕生したリーンマネジメント理論は、生産効率を高め、ムダを減らすことを目的としていました。ワークフローを継続的に見直し、非効率を特定して解消するという考え方です。これにより、顧客により大きな価値を提供できると考えられています。A3問題解決は、このリーンマネジメント手法の一つとしてトヨタで生まれました。
なぜなぜ分析(5 Whys)
「なぜなぜ分析」は1930年代にトヨタ創業者の豊田佐吉が経営管理に取り入れたのが始まりです。その後1960~70年代にかけて、他業界にも広がり広く普及しました。この手法は、問題の根本原因を突き止めるために、「なぜ?」を5回繰り返し問いかけるシンプルながら強力な手法です。A3報告書を作成する際にも、よく用いられます。
PDCAサイクル。
リーンマネジメントやA3問題解決の重要な構成要素である PDCAサイクル は、継続的改善の文化を育むことを目的としています。目標を設定し、達成に向けた計画を立て、進捗を監視し、必要に応じて改善策を講じるプロセスです。
SMARTゴール
SMARTゴール は、A3問題解決に活用できるもう一つのフレームワークです。SMARTは、現実的かつ達成可能で、測定でき、学びにつながる目標を設定することを重視します。A3報告書で対策を実行する際に、SMARTゴールを設定すれば、進捗を管理し、軌道に乗せやすくなります。
シックスシグマ
シックスシグマは、リーンマネジメントのもう一つの要素です。製品欠陥を最小限に抑え、ブランドへの信頼を高めることで収益性を向上させることを目的としています。返金や顧客不満といった欠陥のコストを可視化することで、継続的改善を促進します。
ケーススタディ — 医療現場におけるA3活用事例
A3問題解決は自動車業界で生まれましたが、20世紀後半から21世紀にかけて他の業界にも広がっていきました。その一例が医療分野であり、イギリス王立病理学会 が発表した事例研究に示されています。
2014年2月、ロンドンのGuy’s & St Thomas’ NHS財団トラストは、GPからの紹介か他ルートかに関わらず、肺がん患者全員に同じ水準のケアを提供するためにA3問題解決を導入しました。
A3報告書を作成したPaul Cane医師は、ケアの質に差が生じていた根本原因を特定しました。そして、対策とアクションプランを策定し、「2014年12月までにすべての肺がん患者が同一水準のケアを受けられるようにする」ことを目標とする「単一の有効ながん診療プロセス」を構築しました。
まとめ — A3を使う準備ができていますか?
A3問題解決は過去75年以上にわたって磨かれ、リーンマネジメントの重要な要素となってきました。トヨタにおける自動車製造を大きく変革しただけでなく、いまではさまざまな業界や分野のマネジメントに活用されています。企業の意思決定が停滞しているときこそ、A3は問題の真因に素早くたどり着き、なぜ発生したのかを理解し、効果的な解決策を導き出す助けとなります。
ただし、A3報告書を最大限に活用するには、プロジェクト管理ソフトの導入も検討すべきでしょう。それにより、レポートやインサイトを通じて課題を把握し、対策を計画して実行し、必要なメンバー同士をつないで協働を促進できます。
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