優れた顧客体験の提供に向けた企業のあり方 vol.3
顧客戦略のカギを握るコンテンツ運用の自動化
前回は、コンテンツ制作を支える基盤としてのデザインシステムの重要性について、アドビ自身の取り組みをご紹介しました。最終回のvol.3では、企業がデザインシステムを活用していくときに、どのような組織体制で取り組み、ワークフローを運用していくべきかを、アドビ株式会社 デジタルエクスペリエンス事業本部 市場開発の阿部成行よりご説明します。
vol.1:メタバース時代に欠かせない企業が備えるコミュニケーション力とは?
vol.2:データを生かすアクションのためのコンテンツと業務プロセスの標準化
もくじ
- コンテンツ運用は2つの形態に分かれる
- 5つの原則と自動化への取り組み
- コンテンツを正しい人に、適切なタイミングで届ける仕組み作りを
コンテンツ運用は2つの形態に分かれる
これまでの本ブログでは、企業と顧客の関係を考える際、メタバースをはじめとするデジタル体験がさらに重要度を増していることと、デジタル上の顧客体験向上のためには、データ分析とコンテンツ運用の両輪が必要だということをご説明してきました。今回は、企業のコンテンツ制作の実態と改革の方向性についてお話ししたいと思います。
まずは、企業のコンテンツ制作の実態についてです。アドビでは様々な企業に対して、コンテンツ運用のワークフローがどうなっているかをヒアリングし、その結果を分析してきました。すると、企業が作っているコンテンツタイプは2種類に分類されることが分かりました。
1つは、「ワンショットコンテンツ」と呼んでいるもので、簡単に言うとプロモーション用のコンテンツです。例えば飲料メーカーが新商品を発売する際は、多額の予算を投じてテレビCMを放映。同時に商品の特設webサイトも公開し、大々的にキャンペーンを実施します。こうしたキャンペーンのコンテンツは、一度制作して使ってしまうと基本的に再利用されることはありません。そのため使い捨てのコンテンツとも言えるでしょう。
もう1つのグループが、「オペレーティングコンテンツ」です。分かりやすい例が、B2Bのカタログサイトになります。また、B2C向けのECサイトも、代表的なオペレーティングコンテンツだと言えます。オペレーティングコンテンツは、リリース後の最適化、調整が欠かせないため、こちらのほうが運用というイメージを持ちやすいと思います。素早いリリースよりも繰り返しの試行錯誤によって、マーケティング効果を最大化する必要があります。
企業のコンテンツワークフローを考える際は、この2つの分類で、それぞれに最適なコンテンツの管理と運用を考えていく必要があります。
しかし、実際には企業の中で2種類のコンテンツタイプは混在して管理、運用されていることが多く、全体を把握、調整する機能を持った組織や担当者も不在というケースが少なくありません。これではワークフローがスパゲッティ状態になり、これ以上ツギハギで改善することも難しいといった課題を持つ企業が多いというのも現実です。
フォレスター社のレポートによると、優れた顧客体験の提供によって高い業績を実現しているエクスペリエンスリーダーと言える企業を調査したところ、それらの企業に共通する取り組みとして3つの能力を獲得/強化しているという特徴があることが分かりました。
その1つはパーソナライゼーションに必要となるデータ基盤の確立であり、もう1つは体験提供に必要なコンテンツを迅速に供給するためのサプライチェーンを確立すること、そしてカスタマージャー全体に対して一貫した体験を届ける体制の確立です。
先進的な企業の多くがデータ基盤の強化に加え、コンテンツ供給のためのサプライチェーンを強化し、優れた顧客体験の提供によって競争力を獲得していることが分かります。デジタルの重要性がますます高まる経営環境の中で、コンテンツサプライチェーンの課題を放置しておくことは大きなリスクが伴うことになるでしょう。
5つの原則と自動化への取り組み
それでは、多くの企業が直面しているコンテンツにおける課題を解決するための、基本的な5つの原則を確認していきましょう。
1つ目は民主化。デジタルコンテンツの多くは再利用が可能なため、特定の用途にしか使用できないコンテンツ制作を最小化することで、限られたリソースを顧客体験の向上にフォーカスすることができます。
2つ目は部品化。民主化されたコンテンツを組み合わせ、多用途に活用するために、コンテンツ仕様の標準化を進めることが重要になります。
3つ目が一元管理。部品化されたコンテンツをコンポーザブルに運用するには、すべてのステークホルダーから参照可能な信頼できるコンテンツ基盤が必要になります。
こうしてコンテンツ運用が始まれば、4つ目である、その結果を計測。
最後の5つ目では、効果が得られた組み合わせをさらに展開し、改善が必要な部品を取り替えていきます。以上の取り組みを企業横断で運用することで、ノウハウが社内に蓄積され、AIや自動化などの技術を取り入れた、さらなる大規模化への展開が可能になるのです。
こうした5つの原則を踏まえてコンテンツサプライチェーンを確立することにより、コンテンツを用意する速度を向上させ、同時にコストの圧縮という効果も期待できます。しかし、それ以上に重要となるのが、顧客体験を高度化する上で欠かすことのできない「コンテンツのコンポーネント化」を管理面でも運用面でも実践する点にあります。
その利点を説明するために、デザインの世界で以前から提唱されているアトミックデザインについてご紹介します。アトミックデザインは、デザインをコンポーネント単位で定義していく手法で、コンテンツの再利用性の向上や、修正コストの削減といったメリットがあると言われています。
なぜテクノロジーの進化とともにアトミックデザインに注目が集まるかと言うと、AIや自動化などの技術に対してとても高い親和性があるためです。AIの発達によって最小単位のコンテンツを高速に自動生成することや、そうした部品を顧客の嗜好に合わせて組み立てることが可能となってきており、こうしたテクノロジーを活用する上でもコンテンツのコンポーネント化を推進することが重要になります。
特にオペレーティングコンテンツの運用では、テクノロジーによってコンテンツを自動的に生成するだけでなく、顧客ごとに好ましいコンテンツに合わせていくパーソナライズが非常に重要となります。加えて、webサイト上のボタンの配置や色は何がいいかなどを、A/Bテストをしながら最適化していくことは、地味な作業ですがとても大事なことです。
しかし、企業がこれらの運用を、人手をかけて実施するのはもはや不可能です。テクノロジーを使って、可能な限り自動化する必要があります。例えばA/Bテストに関しては、AIを使った自動化が可能になります。コンテンツプロファイルと、ユーザープロファイルを掛け合わせ、出てきた結果を自動的に組み立ててコンテンツを作る。そして、それを公開し評価するPDCAサイクルまで、フルオートで回すことができます。
こうしたコンテンツの運用を自動化する企業も登場しています。スポーツ用品メーカーのUnder Armour, Inc.では、今まで店舗展開が中心だったところを、コロナ禍により急きょオンライン販売を大幅に拡充しました。同社のオンラインチャネルはPC、スマートフォン、スマートウォッチなど複数のデバイスにまたがり、ECサイトをはじめ、オンラインカタログ、モバイルアプリなど多数のコンテンツがあります。そのため、1商品(SKU)あたりの素材数は140以上を用意しなければいけませんでした。そこで、同社ではアドビのデザインシステムを採用し、コンテンツの素材を集中管理。その上でデバイスごと、メディアごとに最適な形へと自動的に加工して展開する運用体制を確立しています。
B2Bの分野でも、オペレーティングコンテンツのオートメーションを行っている企業があります。米国の科学機器メーカーであるThermo Fisher Scientific, Inc.は、顧客企業向けのwebサイトで、コンテンツやサイトのボタン、図版などに分かれた部品から、顧客ごとにページを組み立てるシステムを構築しました。組み立てたパターンを公開して顧客のデータを取得し、分析して改善するプロセスをフルオートで実現しています。コンテンツのデータベースと、それをデザインして公開するCMS(コンテンツマネジメントシステム)を連携させた自動化の実例です。
コンテンツを正しい人に、適切なタイミングで届ける仕組み作りを
コンテンツ管理と、そのデリバリーの仕組みを組み合わせるときに、もう1つ重要なことがあります。それは企業、組織全体の適切な目標設定です。経営指標に紐づいたコンテンツのKPIを設定し、顧客のジャーニーに沿った目標値をクリアしているのかチェックすることが大切になります。
例えばアドビの場合、お客様が製品の体験版をダウンロードしてから何日以内に起動すると、購入率が何%アップするという細かいデータを基に、最適なタイミングで利用を促すメールを送り、コンテンツへの誘導を行っています。
お客様ごとの反応によってジャーニーは様々に分岐しますが、その一つひとつのパターンに合わせたコンテンツをあらかじめ用意。そして、個別の反応時間や内容によって、例えばクリエイターの作品集を案内したり、『一から始めるIllustrator』のようなトレーニングコンテンツを配信したりするなど、全自動でパーソナライズしたマーケティングを実行していきます。
このようにwebページの最適化だけでなく、オペレーティングコンテンツを内包したデジタル施策を実施することで、より高い顧客体験を獲得し、成果にもつながると思います。
こうしたデジタルコミュニケーションの設計を行う際、コンテンツ制作を含めたすべての施策が、経営指標とのつながりを示せることが非常に重要です。そうでなければ、何のためにこの施策を実行しているのかが不明確になり、関係者のモチベーションは大きく低下します。よくあるのが、顧客体験向上のためにwebサイトをリニューアルした結果、「ページビューはこれだけ増えました」という報告だけで終わってしまうケースです。
これでは、売上が伸びたのか、顧客のLTVが改善したのかなど、得られた効果が分かりません。何より施策を実施した本人自身が、なぜその施策を実施したのか見えていないことが、最もつらいと思います。コンテンツの仕組み化、運用基盤、そして組織体制は、三位一体で改革していく必要があるのです。
アドビでは、グローバルで多くの企業のコンテンツの課題を解決するお手伝いをしています。製品、サービスだけでなく、今回お話ししたコンテンツ戦略の仕組み作りをはじめ、継続的に改善が進む組織と経営指標の作り方まで、専門のコンサルタントによってサポートできます。まずは、企業の皆さんが直面するコンテンツ管理と運用の問題を、ぜひお聞かせいただければと考えています。
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