「Adobe AI Forum Tokyo」イベントレポート前編:AI ネイティブ時代の成長戦略とマーケティングのあり方
2026年3月10日に開催された「Adobe AI Forum Tokyo」。アドビによるマーケティングとAIの最新動向はもちろん、様々な企業の特別ゲストをお招きし講演いただきました。前編となる本稿では、その中からマツダ株式会社 CIOの木谷昭博氏による講演および、アドビ マニッシュ プラブネ(Manish Prabhune)との対談、そしてdentsu Japan CAIOの並河進氏が登壇されたセッションをご紹介します。
世界で戦うマツダのDX、AI活用への揺るがぬ覚悟
まずは、マツダ株式会社 常務執行役員 兼 CIOの木谷昭博氏が登壇し、「マツダのCIOが率いるDX/AX:人の能力最大化とAI実装/活用で実現する生産性倍増」と題した特別講演をしていただきました。
マツダにおけるDXの歴史は非常に長く、1960年に日本で初めて生産領域にコンピューターを導入したことにさかのぼります。その後、1970年代から内製でのCAD/CAMシステムの開発に着手し、1996年には「マツダデジタルイノベーション(MDI)」プロジェクトを全社的に立ち上げ、開発生産領域のデジタル化を推進されてきました。
当初、業務効率化を目的としていたMDIは、次第に「マツダらしい価値創造」やブランド価値経営のための重要な基盤へと進化します。その象徴的な成功例が、走りと燃費という、相反する性能をシミュレーション技術によって両立させた「SKYACTIV(スカイアクティブ)エンジン」の開発や、北米市場で最高評価を受け続ける衝突安全性能の実現です。
こうした開発生産領域での成功を背景に、マツダは2030年に向けた全社的な経営方針として「人とITの共創による価値創造」を掲げられています。
その具体的なアプローチは、2つの柱から構成されているといいます。1つは人事部門が主導する「BLUEPRINT(ブループリント)活動」を通じた自律的な組織風土の構築で、もう1つが、木谷氏が主導するDX、AXによる業務構造改革です。「AIを活用して定型的な繰り返し業務(エッセンシャル業務)を排除、効率化し、社員一人ひとりが自律的に付加価値の高い業務に集中できる環境を構築することが、業務構造改革の目的です」(木谷氏)。
常務執行役員兼CIO(最高情報責任者)
木谷昭博氏
例えば財務部門では、業務時間を緻密に計測して精緻なロードマップを作成し、エッセンシャル業務を減らすことで、付加価値業務の割合を高める取り組みを推進。
生成AIの登場を契機として、マツダではまず広報部門でのニュースリリース作成やメディア対応での活用が始まり、現在では財務、人事、マーケティングなどの事務部門全体で業務プロセスの見直しが進められています。
また、社内のAI人材を育成/発掘するため、ボトムアップ型の「AI道場」という実践的なプログラムもスタート。これはその後、2025年9月にAX推進の専任組織として、「Mazda AI Transformation(MAX)プロジェクト室」へと発展し、社内ビッグデータのAI分析を加速させているとのことでした。
効率化した工数で、AIをさらにスケールさせる
続いて、アドビのマニッシュ プラブネが加わり、木谷氏との対談セッションを行いました。
プラブネはまず、AI導入によって起きたマツダ社内の変化を木谷氏に尋ねました。木谷氏は、「AI道場に全社から人を集めたことで、成果を出すことができたのですが、社長からは『もっと加速が必要。大胆にやらなければだめだ』と方針が示されました。実は私も、AIの次の拡大策を練っていたため、考えが一致し、MAXプロジェクト室という組織化が一気に進みました」と説明。
とはいえ、マツダのAI推進は一方的なトップダウンではありません。木谷氏は「トップダウンと言いながらも、ボトムアップでしっかりとした実績を掴んでいるからこそ、社長の判断にも受けて立つことができています」と話します。
続いてプラブネは、「経営者は付加価値の高い業務をどう定義し、人々をシフトさせていくのでしょうか」と質問。
ジャパントランスフォーメーション本部 ディレクター
マニッシュプラブネ(Manish Prabhune)
これに対して木谷氏は、「新興メーカーなどに対抗し、生き残るためには、お客様の期待を上回る独自の商品、サービスを出し続けなければいけません」とした上で、研究開発の現場に残る煩雑な仕事をAIなどで徹底的に自動化し、エンジニアの仕事を競争に勝つための商品開発に集中させたいという考えを示しました。
「開発だけでなく、マーケティングや購買、財務などすべての部門をAIで効率化し、マツダ全体を盛り上げていくことで、人の能力を最大化することを目指しています」(木谷氏)
また、今後のAIのロードマップについて、「ビジネス系の定型業務の自動化は、やってみると意外に難しく、AIの正解率が70%程度では現場で定着しません。そのためエンジニアには『目標を99%に』と伝えています」と木谷氏は自動化の難しさを明かしました。
そして、AI導入を突き詰めていく中で、業務基準の定義が不足していることが顕在化したといいます。「そのため今は、基準の作り方から、もう一度整理し直しているところです」と述べ、AI導入が既存の業務プロセス自体を根本から見直す契機になっていることを明らかにしました。
木谷氏は特に、IT開発へのAI適用に期待を寄せており、「システム開発の領域はAIで格段に効率化されます。やりたいことがたくさんあるので、AIで仕事が半分になるのなら、2倍のシステムを作ろうという気持ちで、ITベンダーとの共創を始めています」と語りました。これに対し、プラブネも「自動化の目的が、単純な省力化ではなくスケールさせることにあることが理解できます」と共感。
最後に、全社的なデータ連携基盤と経営ダッシュボードの構築について、木谷氏は「部門のエッセンシャル業務を効率化するために、データを集めて自動計算するボトムアップから始めました。その結果として、経営層でも様々な使い方ができるようになっています」と述べ、現場の課題解決から出発した取り組みが、全社的な経営判断の高度化へと結びついたことを説明しました。
マツダのDXおよびAXの取り組みは、単なるコスト削減や作業の自動化を最終目的とするものではありません。人間を中心とした「価値創造」の実現と、企業の持続的な成長に向けた戦略として、位置づけられていることが分かったセッションとなりました。
dentsu Japan並河氏が語る「AIネイティブ時代」のマーケティング
続く、特別対談「AIネイティブマーケティングの現在地と未来~AI時代に選ばれるブランドへ、人・企業・AIが共に成長する道筋~」では、dentsu Japan/電通コーポレートワン チーフ・AI・オフィサー エグゼクティブクリエイティブディレクターである並河進氏と、アドビ 阿部成行、モデレーターにアドビ 河合美和が登壇し、人と企業、そしてAIがいかに共存していくべきかについて議論が交わされました。
本セッション冒頭で、並河氏から提示されたのは「AIネイティブ」という概念です。これは、AIが特別なものではなく、人や社会、企業の中に当たり前に存在する状態を指します。事実、電通が実施した調査でも、特に若い世代ではAIを心の支えや相談相手としても捉える傾向が強まっていることが示されていると言います。並河氏は、現代においてAIは単なる「道具」から、家族や友人とは異なる「第三の仲間」へと変化しつつあるという見方を示しました。
「カスタマーの隣には常にAIがおり、最初に相談する相手になりつつあります」と並河氏は語り、今後は、AIに対して自社のブランドや企業についていかに自然に紹介してもらえるか、という視点も不可欠になると指摘。阿部もこの変化に同意し、「個人の意思決定に対して、AIが影響を与えていることは、企業側から見ても非常に大きなインパクトがあります」と話します。
チーフ・AI・オフィサー
エグゼクティブクリエイティブディレクター
並河進氏
こうした顧客側の変化に伴い、企業のマーケティングプロセスそのものが変革を迫られています。
並河氏は、AIネイティブ時代のマーケティングのプロセスでは、事業会社と広告会社がそれぞれ「社員とAIエージェント」の協働によって情報を循環させることで、業務を進めることになると定義します。事業会社の顧客データや事業戦略と、広告会社の市場データやクリエイティブの知見が連携し、ビジネスとコンシューマーをつなぐことで、改善のフィードバックループが循環し、顧客体験が進むことになります。
これまでもPDCAは重要でしたが、人間の限界ゆえに非構造化データを十分に活用しきれない課題がありました。「そこをAIエージェントがカバーすることで、顧客の声などをすべてデータ化できます。マーケティングが長年やりたかったことが可能になってきているのです」(並河氏)。
これを受けて阿部は、「これまでのコミュニケーションは人間の心の動きをつかさどるものでしたが、AIはすべてを蓄積していきます。その蓄積に耐え得るようなコミュニケーションを行っていくために、この循環構造が必要なのだと理解しました」と、プロセスの本質について語りました。
ジャパントランスフォーメーション本部
プリンシパルビジネスデベロップメント マネージャー
阿部成行
「AI-顧客-企業」のトライアングルを理解する
AIを業務に組み込む上で不可欠なのが、自社独自の資産を用いたAIの「育成」です。生成AIをそのまま使用すると平均的なアウトプットになりがちですが、企業が持つ独自のデータや思考法を学習させることで、顧客に対して効果の高い体験を提供することができます。
今回、並河氏は育成の一例を紹介。AIに対して、あえて「生死」や「時間の不可逆性」といった人間特有の概念をプロンプトで与えることで、壁打ちを続けるうちに深みのある広告コピーを生成させる、独自の育成実験です。この結果から、「一見AIが苦手と思われる領域でも、育て方次第で能力を引き出すことができます」と並河氏は語ります。
さらに、単発のプロンプトやモデルのカスタマイズだけでなく、業務プロセス自体を資産化することが重要であるという指摘もありました。専門家の暗黙知や業務フローを形式知化し、再利用可能な形でシステムに組み込むことで、組織全体の集合知として活用できるようになります。阿部も、「個人の暗黙知をきちんとパッケージ化することで、専門的な中身が分からなくとも、誰でも利用できるようになります」と、集合知の重要性を語りました。
最後に、AI時代のマーケティングの未来像として、並河氏は「ABCトライアングル」を提示。これは、A(AI)、B(ビジネス=企業)、C(顧客)の3者をつなぐ三角形のイメージとなり、AIは顧客に寄り添うだけでなく、企業の隣や組織の中にも存在する新たな構造を理解することが重要だと説明します。
「本来は、企業と顧客が近づくことが重要ですが、顧客との間にAIが立ちふさがることも考えられます。また、AIの使い方を誤れば、企業の創造性が低下する懸念もあり、3者の関係をより良くしていくことを考えなければいけません」(並河氏)
阿部も、今後のマーケティングにおいて、AIが“第三の当事者”になり得るという認識を示し、「AIを前提にすると、改めて企業やマーケティングそのものが、根本的に変わっていかなければならないと感じます」と、変革への決意を示しました。
本セッションを通じて、AIは単なる効率化のツールを超え、顧客や企業とともに成長していく「仲間」であることが明らかになりました。企業、顧客、AIのフィードバックループを回しながら独自の知見を蓄積し、新たな関係性を築き上げることが、AIネイティブ時代にも選ばれ続けるブランドへの道筋と言えるでしょう。