仕組みもコンテンツもゼロから立ち上げた、ボトムアップのデジタルマーケティング
コクヨ株式会社

課題
- 新改築中心の顕在案件を対面営業で対応するスタイルが主だったが、市場や社会環境が変化し、デジタルマーケティングの構築が急務となった
- デジタルマーケティングに必要なリード情報がデータとして存在しなかった
- 対面中心で成果を挙げる営業に対し、デジタルマーケティングへのメリットが理解されていなかった
成果
- 他部門で導入していたAdobe Marketo Engageを活用し、内製でデジタルマーケティングの仕組みとコンテンツを制作
- 複数のシステムに散在していた営業顧客リストを大規模に整備。ウェビナーやホワイトペーパー等の施策に着手し、マーケティングリードの新規獲得手段を確立
- 営業向けのデジタルマーケティング勉強会など、マーケティング部門から営業に積極的に働きかけ、課題を共有して理解を促進
「案件が顕在化してからでは遅い。お客様の潜在的ニーズを引き出す、継続的なコミュニケーションの仕組みを持つことが急務でした」
ワークプレイス事業本部 TCM本部 マーケティング部 プロモーショングループ 芳野 延博氏
大手オフィス家具メーカーのコクヨ株式会社にとって、官公庁は重要な顧客の一つである。これまでの庁舎新築需要が一巡し、リニューアル需要の掘り起こしが課題となる中、従来のオフライン施策に依存してきたマーケティングを変革し、デジタルマーケティング態勢の構築による営業支援に踏み出した。
庁舎の新築対応に特化していた営業スタイル
コクヨには、民間企業向けのオフィス家具部門とは別に、教育/官公庁/医療市場の顧客向けとして、特定ターゲットに向けた事業活動の専門部隊としてTCM事業部が存在する。その中の官公庁向け事業は、全国1788の自治体、中央省庁などの行政機関に向けたオフィスや窓口の空間設計や、オフィス家具の販売を担っている。
同事業部のマーケティング部門は、カタログ制作や展示会の運営などオフラインの施策を中心に活動してきた。しかし近年、官公庁オフィスの新築需要が頭打ちとなり、市場環境が大きく変化したことにより、官公庁事業は対応を迫られていたという。同社ワークプレイス事業本部 TCM本部 マーケティング部 プロモーショングループ課長の青柳由美子氏は、次のように語る。
「自治体が新庁舎の建設を発表する際は、完成の10年近く前に出される公示情報をきっかけに、各社が同じスタートラインで提案し、入札によって取引先が決まります。一方、既存庁舎のリニューアルなどの情報も、決定時には同様に公示されますが、職員の中でリニューアルを担当する方が誰なのか分からず、関係構築に出遅れることもありました」
ワークプレイス事業本部
TCM本部 マーケティング部
プロモーショングループ課長
青柳 由美子氏
官公庁の調達の場合、リニューアルであっても、最終的には入札によって家具などのサプライヤーが決められる。しかし、役所の担当者に任命された職員は、オフィスの改修をどこから着手したらいいのか分からない状態から情報を調べ始める。日ごろから有益な情報提供をする先として家具メーカーとのつながりがあれば、真っ先に相談が来るはずだ。だからこそコクヨは、顧客の“心のリスト”の筆頭に並ぶことで、競合に一歩先んじた提案ができる存在になりたいと考えた。
だが、それまでの官公庁向け営業部門の営業スタイルは、同社の担当営業が役所を回り、御用聞き的にニーズを拾い、オフィスについて問い合わせがあれば対応する形だった。営業は顕在化された庁舎新築案件の対応に追われており、官公庁の潜在的なオフィスの課題やニーズを吸い上げる活動には手が回っていなかったという。
そして、2020年のコロナ禍により対面営業が一時期不可能になると、現場での御用聞きも難しくなり、情報がまったく得られなくなってしまう。公共分野でも働く環境の見直しが重要視される中、同社がコロナ禍の20年に官公庁職員へ対して行った調査では、オンライン上での情報収集の兆しが確認された。同じころ、同社の官公庁向けwebサイトへの問い合わせも増加の傾向を見せていたという。
同プロモーショングループの芳野延博氏は、「現場職員の方の潜在的ニーズの掘り起こしにつながる、オンラインでのコミュニケーションの仕組みを持つことが急務でした。そして、デジタルマーケティングの力でお客様にアプローチし、コミュニケーションを深めることが必要だと考えました」と語る。
他部門で導入していたAdobe Marketo Engageを活用
青柳氏、芳野氏ともう1名のメンバーを加えた3名のTCMマーケティングチームは、コロナ禍が始まった20年より、官公庁向けのデジタルマーケティングの構築に着手。
「デジタルマーケティングをすると言っても、最初はアプローチする顧客リストも存在せず、コンテンツもありませんでした。白紙の状態かつ、現場発のボトムアップで仕組み作りをスタートさせました」(芳野氏)
幸いにして、同社の民間企業向け事業部門では、すでにデジタルマーケティング基盤としてAdobe Marketo Engageを導入しており、TCMマーケティング部門では、その基盤を活用してデジタルマーケティングの環境を使うことができたという。
初めてAdobe Marketo Engageを活用することから、芳野氏らはアドビのハンズオン研修を2日間受講し、書籍やその後もアドビからの支援を仰ぎながら設定をスタート。
最初に手を付けたのは、顧客リストの作成だ。民間部門で使っていたAdobe Marketo Engageの中には、すでに大量の顧客情報が保存されていた。ほとんどが案件実施時の顧客の名刺情報だったが、まずはその中から総務省の地方公共団体リストや国税庁の法人番号などをキーにして、リード情報に絞り込んだ。
ただし、官公庁の職員は定期的に異動するため、担当者の更新と新規のリード獲得も必要だった。営業部門が利用する顧客管理システム(CRM)や名刺管理システムの情報も、Adobe Marketo Engageに取り込めるように、APIを使った連携も実現。
「他のシステムとの連携は、誰に聞けばいいのか分からないこともありましたが、その都度社内で分かる人を探し回ったり、アドビからのサポートを受けながら、少しずつ仕組みを理解していきました」(芳野氏)
ワークプレイス事業本部 TCM本部
マーケティング部 プロモーショングループ
芳野 延博氏
コンテンツを内製し、ウェビナーで新規リードを獲得
リード情報の整備を進める一方、コンテンツに対しても大幅な見直しが必要だった。同社の官公庁事業は庁舎の新築案件が主力だったこともあり、TCMマーケティング部門が運営していたwebコンテンツは導入事例、製品情報、コラム記事に限られており、顧客の課題解決につながる情報は存在しなかったという。
「社内にあったドキュメントの改編から進めたのですが、既存の文書は『提言書』のような壮大なものが多く、分量をコンパクトにする必要がありました。また内容も未来的なものより、官公庁の今のニーズに合うコンテンツになるよう、自分たちで作り直す必要がありました」(青柳氏)
芳野氏も「例えば、私たちが考える『自治体DX』というテーマは、外部のパートナーにお願いするのではなく、やはり私たちの手で説明しなければいけないだろうと考えました」と続けて話す。
まず、官公庁向けの働き方をテーマにしたホワイトペーパーを作成し、テストを兼ねて20年に公開。当時まだデジタルマーケティングの仕組みは完成していなかったが、他部門の設定を流用し、リードが取れる仕組みを整備した。このホワイトペーパーは約100名がダウンロードし、うち約30名が新規リードだったという。
この結果を吟味し、次にAdobe Marketo Engageを本格的に取り込んだ形で官公庁向けウェビナーを実施。専門媒体や郵送DMによる集客も行った。コロナ禍の影響で、官公庁の職員もオンラインでの情報収集や商談に抵抗がなくなっていたこともあり、約500名の申し込み、約300名の新規リード獲得という成果を残した。
並行して、メールマガジンについても内製で試行錯誤を繰り返した。官公庁では外部に対して個人名でなく、部署名のメールアドレスを複数職員で共有する場合が多い。当初はターゲットに届かないのではと懸念されたが、実際には顧客の課題は共通であることから問題は少なく、むしろ1アドレスからのレスポンスが複数返ってくることもあったという。
こうした取り組みの結果、スタートしたリード数から、23年5月時点で2.5倍まで増やすことに成功した。
マーケティングが営業に貢献できることを丁寧に示す
リードとコンテンツを揃えて、官公庁向けデジタルマーケティングの態勢は整った。だが最大の壁は、獲得したリードを営業部門に活用してもらうことだったと芳野氏は語る。
「当初はリードを営業に渡して『フォローしてください』と頼んでも、現業が忙しくて対応できないと言われることもありました。地域別など、その営業にとって必要なお客様だけのリストになっていなかったことも反省点でした」
青柳氏は「営業担当者は、自分たちが個々のお客様の予算取りに向けてしっかり情報提供しながら、仕込んでいくスタイルで実績を挙げてきました。マーケティングから提供するリードは、それに何を付加できるのか。そこを理解してもらうことが必要でしたね」と振り返る。
ボトムアップでの活動で、組織を動かす厳しさに直面しながらも、TCMマーケティング部門は徐々に営業現場への理解を進めていく。時には、営業向けのデジタルマーケティング解説資料を作成し、現場で課題を共有する社内研修会を実施したこともあった。
「研修会で話を聞いてみると、特に若手の社員がマーケティング部門の情報を積極的に活用してもらっていることを知って、うれしくなりました。同時に、マーケティングとして何をすれば営業支援になるかを聞くことは、非常に重要だと分かりました。お客様に価値を届けるという目的は、どの役割でも同じです。思いを伝え、仲間を増やしていく取り組みを続けたいと思います」(芳野氏)
研修会は、月に一度の営業とマーケティングの新規リードを吟味する定例会議に発展し、現在も実施されている。そうした取り組みを続けていくうちに、営業部門の理解も拡大。
青柳氏は「営業のマネージャーからも『社内SNSでマーケティングから来る通知を、もっと分かりやすくしてほしい』といった要望が入るようになりました。まだまだ完成形には遠いですが、成果につながる事例を1つでも増やしていければと思っています」と語る。
こうした同社のデジタルマーケティングの取り組みが評価され、芳野氏は、「Japan Adobe Advocates 2023」を受賞。芳野氏は「私個人というよりも、チームみんなで時には孤立感も感じながら頑張って進めてきたデジタルマーケティングを、外部の方からご評価いただいたことが、非常にうれしいです。受賞時のプレゼンなどで、これまでの取り組みを自分として整理して振り返ることができたのもよかったと思います」と語る。
青柳氏も、「当社はメーカー気質が根深く、マーケティングというと広告宣伝の意味合いが強い企業でした。私たちは『カタログを作る部署』のように見られていたのですが、今はどんな業界でもお客様の課題解決が重要です。そのためのコミュニケーションを担う部署だという自覚と自信をもっていきたいです」と語った。
ボトムアップだからできる柔軟な発想とトライ&エラーの行動力で、コクヨの官公庁部門のマーケティング活動は、組織の壁を越えて浸透しつつある。
※掲載された情報は、取材当時(2024年2月)のものです。