生成AIの普及により、検索エンジンがユーザーの問いに直接回答を生成する「ゼロクリック検索」が常態化し、企業サイトへの流入経路や顧客接点のあり方が、大きく変容を遂げつつあります。今後、企業としてはAIが正しい情報を学習し検出するための「基盤」をいかに確立し、従来のSEOを超えた「GEO(生成AI検索最適化)」を実現するかが鍵となります。
その先進的ケーススタディとして、アドビとビジネス・フォーラム事務局が共催したオンラインイベントMarketing for Successから、「個別最適から全体最適へ~統一基盤によるwebガバナンス確立とブランドコミュニケーション戦略~」と題した三菱電機グループの取り組みをご紹介します。
ご登壇いただいたのは、三菱電機株式会社 ブランドコミュニケーション部 デジタルコミュニケーショングループでグループマネージャーを務める浅尾陽子氏と主任の伊藤敬裕氏。アドビの松井真理子がお話を伺いました。
国/地域、事業ごとのwebサイト乱立で抱えていた3つの課題
三菱電機グループは連結売上5.5兆円、従業員数15万人、海外子会社132社で、多くの日系製造業と同様にB2B比率および、海外売上比率が高いのが特徴です(2025年3月末時点)。
浅尾陽子氏と伊藤敬裕氏の2人が所属するデジタルコミュニケーショングループでは、グループ全体のブランド価値向上を目指し、ガバナンス、UI/UXといった各領域のスペシャリストが連携して、サイクル型に活動するチーム体制のもと、webサイトの運営サービスを戦略的に展開。
各国/地域や事業が個別最適化を優先してサイトを運営する状況下では、「個々の組織が独自にサイト運営管理やインフラ基盤、セキュリティ対策をも担うことになります」と浅尾氏は語り、課題として以下の3つを挙げます。
1.ガバナンス面
- 社内ルールの審査/適用を担う管理事務局の運営負荷が高い。
- ガバナンスの適用範囲が限定的で、全体統制が難しい。
2. 運営面
- リニューアルやスマートフォン対応などの技術対応が各部門任せで負担が大きい。
- ナレッジやベストプラクティスの共有が進まず、個別最適にとどまりやすい。
3. セキュリティ面
- 社内ホスティングサービスの管理/対応に高い負荷がかかっている。
- 独自インフラを活用するサイトもあり、グループ全体としての統一的な対策が困難。
「グループ全体でサイト数は約1000にも及び、運営事務局やブランドコミュニケーション部としての負荷も高く、デジタルガバナンスやセキュリティ面での全体統制も難しい。グループ全体の信頼性やブランドイメージに影響する懸念もありました」(浅尾氏)
「シェアハウス構想」によりサイト構築の工数削減とブランド統一を実現
こうした課題解決に向けて開発したのが「DCP(Digital Communication Platform)シェアハウス」でした。「これ1つでユーザー目線に立った表現、統一されたブランド訴求、コンスタントな情報発信、高度なセキュリティを誰でも迷わずに実現できるよう設計されています」(浅尾氏)。
最大のポイントが、セキュリティを維持するサーバー運営中心から、Adobe Experience Managerを中心に外部SaaSを組み合わせて活用する方針へ転換し、スピーディに価値を提供できる構造を実現したことにあります。
基盤となるAdobe Experience Managerに加え、AkamaiのCDN「Akamai ION」、デジタル上の体験向上や各種フォーム作成の「Qualtrics」、解析機能として「GA4」「Looker Studio」、多言語対応としてTRNASPERFECTの 「GlobalLink」など、サイト運営を支える充実した機能やサービスがワンパッケージ化されています。
さらに、「Fit to Standard」のアプローチのもと、会員制システム機能や独自データベースと連携し製品ページを自動的に生成する機能、数千に及ぶ情報が柔軟に検索できる機能など、高機能な標準コンポーネント群を提供し、将来的にはデジタルマーケティング製品との連携機能の搭載も計画していると言います。
サービス名の「シェアハウス」の由来は、「住居のシェアハウスのように、身一つで入居できる、家具などの設備がすべてそろっているという分かりやすさから命名しました」と浅尾氏。
DCPレジデンスの全体構想としては、大規模サイトを運営する特定部門向けに設計し、独自ルールや運用方針を尊重しつつ活用できる自由度の高い最上位レイヤー「DCPペントハウス」と、共通機能を活用し効率的に運用できる標準型「DCPシェアハウス」を提供しています。
2階層のグレードを用意するほか、“家具/設備”としてAdobe Experience Managerの共通コンポーネントを提供しつつ、カーテンや壁紙のように色やデザイン粒度の変更ができ、独自性を出しつつもブランドの一貫性の担保との両立を図っています。
さらに、DCPシェアハウスのそもそもの目的は、「サイト構築プロセスの簡略化にあります」と浅尾氏。ワイヤーフレーム作成やコーディングといった作業工数を削減し、ユーザー理解やコンテンツ企画、効果検証など本質的な領域へ注力できるよう設計されている点も、現場にとってありがたい配慮ではないでしょうか。
プロジェクトをスタートしてから約3年、2025年末時点で100を超えるサイトが移行を完了。さらなる誘致の拡大に向け、グループ独自の学習プログラム「デジタルマーケターキャンプ」や、アクセス解析ダッシュボードの提供といった“入居特典”も用意しているそうです。
38カ国/地域、26言語、61の企業情報サイトを最適化
ここで伊藤氏にバトンタッチし、具体的なリニューアルの裏側と成功の鍵について語ってもらいました。
「2025年3月に、リニューアルした日本のコーポレートサイト(JCS)、グローバルコーポレートサイト(GCS)をリリース。2025年5月には、各国/地域コーポレートサイト(CS)の全59サイトがリリースを完了しています」(伊藤氏)
38カ国/地域、26言語、61の企業情報サイトを最適化するという大規模リニューアルにあたっての、基本構想が、「ハブ&スポーク構造でした」と伊藤氏は話します。
グローバルwebサイトの統合プロジェクト推進以前は現地法人が独自にサイトを立ち上げ、内容もデザインもバラバラで、グローバルな情報も各国/地域サイトに共有されていない状況でしたが、JCS/GCSをハブに、各国/地域のCSにおいてもサマライズしたグローバル情報を統一ブランド/デザインのもとに提供。「全世界でのハブ&スポーク型のサイト間連携スキームを構築しています」(伊藤氏)。
今回のDCPシェアハウスでの企業情報サイトリニューアルについては、以下の3つの方針のもとに実践されました。
1. 日本サイト/グローバルサイト構造のミラー化
DCPシェアハウスの導入時に合わせて管理体制とサイト構造を整理。日本とグローバルサイトのミラー化を図り、各国地域サイトは主要情報の掲載により最適化し、「各サイトの連動を明確化したことに合わせ、それぞれのサイト別にあった更新運用を翻訳対応も含めて一元管理し、情報発信の一貫性と効率化を実現しています」と伊藤氏は語ります。
2. エシカルフレームに基づいたデザインシステム導入
長年の運用でコンテンツとデザインが複雑化し、重複や一貫性の欠如、過多なインタラクション、アクセシビリティ/可読性への配慮不足とともに、制作難易度と費用の上昇も課題となっていました。そこで、多様なサイト訪問者に対して、サイト構築関係者、そのようメンバーが共通認識を持ってリリースを遂行するための旗印として、「エシカルフレームワーク」をコンセプトとして掲げたと言います。
「シンプル」「人にやさしい」「ユーザー配慮」「ガバナンス」の4つをキーワードに、「背景画像や背景色が設定されたタイルを組み合わせる」「複雑なレイアウトやインタラクションも標準機能で運用しやすい表現に置き換える」といった移行方針も策定しました。
下図、リニューアル前の旧デザインと新デザインを比較すると、トップページのヒーローエリアを日本、グローバル、各国/地域で統一して掲げ、サイトアイデンティティの統合が図られていることが分かります。
3. サイトを運用するDCP制作センターの設置
従来の各国/地域CSを運用していたチームを拡張し、JCS/GCSへ対応した体制を構築。あらゆる相談にワンストップで対応し、サイトごとに分散していた運用体制を一元化し、ミラー化されたサイトの運営に対応しています。
分かりやすさと社内への継続的で丁寧な説明が成功の鍵を握る
最後にブランドガバナンスを支えるAI活用を見据えたプラットフォームの全貌について、「サイトのアクセス状況を見ても、AI関連サービスからの流入が増えており、見た目に偏重することなく、各種AIエンジンに評価/選択されるためのマシンリーダブルな情報発信が求められる時代に突入しています」と浅尾氏は言及します。
その観点からもDCPシェアハウスのサイト集約は「未来の投資」として、グループ全体に繰り返し発信し、AI対応とデジタルガバナンス強化を柱に社内の納得感の醸成が図られています。
今後は、ブランドガイドラインの準拠を目指し、将来的にAIで準拠度を自動評価する構想も検討しており、2029年度の既存ホスティングサービスの終了を見据え、デジタル資産の集約の完了を目指している三菱電機。
最後のメッセージとして、今回紹介したDCPシェアハウスのような新たなプラットフォームの展開についても、伊藤氏は、「自分の現場だったら、こんな課題が解決できるといったアイデアを多くの方々とぜひ共有したいですね」と語ります。
浅尾氏は、約3年間の取り組みを経て、分かりやすさと社内への継続的で丁寧な説明によって、社員全員が一枚岩となれるよう一歩ずつ進んできたことが、今につながっていると言います。「webサイトに課題を抱えている方、これらリニューアルに取り組もうとしている方も、道を切り開くべく、ぜひ強い意志を持って一歩を踏み出してください」と力強い言葉で締めくくりました。