浜松ホトニクスが挑んだ少量多品種製造業のグローバルweb再構築

少量多品種生産、しかもグローバルに事業を展開するような製造業は、web運営とデジタルマーケティングをどのように強化したら良いのでしょうか。今回は、アドビとビジネス・フォーラム事務局共催で開催されたオンラインイベント Marketing for Success から、浜松ホトニクス株式会社のグローバルweb戦略の詳細を紐解きます。

ご登壇いただいたのは、浜松ホトニクス株式会社 営業統括本部 マーケットコミュニケーション部 部長の駒井敏彦氏、聞き手は、イントリックス株式会社 コンサルティング・制作管掌 執行役員の佐賀文昭氏に務めていただきました。

「少量多品種×グローバル」の製造業が直面したweb運営の課題

浜松ホトニクス株式会社は、「光」に関する基礎研究と光関連製品の開発/製造/販売を行う企業です。光電子増倍管や光半導体デバイスなどのデバイス製品から、半導体故障解析装置や分析装置といったシステム製品までを、製造業や大学、研究機関に向けて製造販売しています。海外売上比率が非常に高く、2018年に約70%、2024年にはさらに上昇し77%にも達しています。

駒井氏は入社以来、webサイトを基軸にしたデジタルマーケティングを主導しており、現在は展示会を含めたオフライン施策からデジタル施策まで、プロモーション全体を統括されています。

少量多品種生産、かつ技術的に高度な製品をグローバル展開する同社にとって、webサイトの製品情報はプロモーションの要と言えます。膨大な製品情報を分かりやすく整理、分類し、顧客の探し方に寄り添った情報提供を行うこと、また製品情報だけではなく、会社情報をどのように整理し、顧客にどのように分かりやすく提供するかがwebサイトの課題でした。

そこで同社は2018年にwebサイトのリニューアルを実施し、システム全体のプラットフォームを再構築しました。現在は日本、アジア太平洋、中国、米国、欧州/中東/アフリカの4つのリージョンに向けて、5つのwebサイトを運営しており、日本を含めたアジア太平洋各国向けの英語版をベースに、その他のリージョンへ展開されています。

新たなwebシステムは、アドビのデジタルマーケティング製品を中心に構築されています。まず、コンテンツ管理システム(CMS)である「Adobe Experience Manager」を導入し、5つのwebサイトをすべて管理しています。「以前のシステムはwebサイトの管理が複雑で、ページを増やしにくい状態でしたが、Adobe Experience Managerではほぼノーコードで運用が可能になったため、運用担当者の負担が大幅に軽減しました」と駒井氏は語ります。

Adobe Experience Managerは、同社が「セールスライブラリー」と呼ぶ、製品カタログや技術資料のドキュメントデータベースと連携しており、セールスライブラリー側で公開/削除の設定をすることで自動的にwebサイト側でもドキュメントの公開、削除が行われます。2000点以上のカタログ/データシートの情報がすべて、Adobe Experience Managerと連動しているため、ドキュメントを非公開にした際に起こりがちな、リンク切れも起きません。webサイトの運用担当者は、カタログの運用状況を気にすることなくwebサイトの運用に専念できるようになりました。

また中国語のwebサイトは、Adobe Experience Managerから専用の翻訳ツールに連携することで、効率的な中国語サイトの運営を実現しています。

さらに、webサイトの計測には「Adobe Analytics」、リード獲得育成のための「Adobe Marketo Engage」も活用されています。

「日本が主導して進めるグローバルのプロジェクトでは、ITやデジタルが進んだ現地拠点からの反発も懸念される」と佐賀氏が指摘する通り、各地のメンバーをいかに巻き込んでいくかも課題です。それに対して今回のプロジェクトでは、プロジェクトの初期段階から現地法人のメンバーが参加する態勢をとったと駒井氏は話します。デザインやコンテンツの内容についても現地法人からの意見をくみ取り、反映したことで、現地法人にも当事者意識を持ってもらうことに成功したそうです。

また、営業部門のマネジャーもプロジェクトに参加し、webサイトのビジネス活用について議論を重ねた結果、現地法人が活用しているオンラインチャットへのリソース配分などにも好結果をもたらしたと言います。「これらの取り組みによる 一体感の醸成 が、プロジェクト成功の一因でした」(駒井氏)。

webサイトのアクセスは2倍、コンテンツは1.5倍に

実際に、同社のwebサイトのリニューアルは大きな成果を挙げています。まず、2018年以前は月間約12万件だったグローバルのアクセス数が、現在は約24万件と2倍に増加しています。またwebの問い合わせ件数も、月間約1000件から約1300件と1.3倍に増加しました。これはオンラインチャットの件数を含まないため、実際はもっと多いと駒井氏は説明します。

中でも大きな効果があったのが、運用担当者の増加です。Adobe Experience Managerによってノーコード運用が可能になり、運用のハードルが大きく下がったことで、運用担当者は従来の約3.5倍に拡大。

運用が活性化した結果、webページ数は従来の約4000ページから、現在は約6000ページと1.5倍に増加しています。「運用担当者を増やすことができた効果は、かなり出ていると実感しています」と駒井氏は話します。

定量的な効果だけでなく、定性的な評価も上々とのことです。「以前のシステムは、システムを日本に置いていたため、現地法人からのアクセスがしづらいものでした。重くて遅かったものが、Adobe Experience Managerでは 『軽くて速い』 に変わり、ストレスが一気になくなったという声が多く届いています」(駒井氏)。

加えて、運用担当者の教育体制にも改善が図られました。従来は現地法人のweb担当者が来日し、2日間の対面レクチャーを行っていたのに対して、Adobe Experience Managerを使い始めてからは、2時間程度のweb会議でのレクチャーとマニュアルの活用で、すぐに現場で業務に就くことができるようになったそうです。「教育コストが約8分の1に抑えられただけでなく、現場の負担も大きく軽減できました。ツールが理解しやすくなり、教育が楽になったことで、現場が自主的に運用担当者を増やすことができるようになりました」と駒井氏は語ります。

コンテンツがリードする、マーケティングとブランディングの変革

Adobe Experience Managerを中心にしたコンテンツ管理とデジタルマーケティングの仕組みが構築できたことで、同社のwebサイト戦略は次のレベルにステップアップしています。

日本サイトの英語版をベースにしている各地域のwebサイトは、各地の注力分野や売れ筋の違いに合わせて、一部のコンテンツを現地の裁量で独自に追加、編集しています。現地の販売戦略に合わせたwebサイトの構築がうまく機能していると言えます。

また、以前は製造者側の視点で分類されていた製品構成を、顧客の特性に合わせる 形で「デバイス(部品)」を探す開発者/設計者向けと、「装置、機器/システム」を探す研究者などのエンドユーザー向けの2種類に再分類。これによって、それぞれのニーズに合わせたコンテンツとマーケティング施策を組み合わせることが可能になったと言います。

特に「装置、機器/システム」では、製品の特徴のみならず顧客にどのようなソリューションを提供できるかをまとめた資料を制作。ダウンロードコンテンツとして掲載し、Adobe Marketo Engageのフォーム入力を条件に提供することで、リードの獲得を図っています。

また興味深いのは、同社のwebサイトでは自社のブランドコンテンツである「Why Hamamatsu?」のアクセス数が非常に多く、トップページを除けば常時1位になっていることです。

これについて駒井氏は「このページは当社の提供する価値や強みを顧客に提供し、当社への信頼感の醸成を目的に作りましたが、実は社内でも勉強会の資料に使われるなど、インナーブランディングの素材としても活用されています。すべての地域、言語で展開していますので、特に海外において、顧客はもちろん従業員やその家族も含めた多くの人に当社のことを知ってもらい、ブランドの認知と信頼感を醸成するコンテンツとして役立っています」と語ります。

今後は、現地法人だけでなく、グループ会社を含めたガバナンスのあり方を検討していくということです。そのためのwebサイトの役割もますます重要になることでしょう。またデジタルマーケティングの発展には、現在国内で使っているAdobe Marketo Engageの海外拠点での活用も視野に入れられています。

「グローバルでリードの管理方法を統一し、共通のKPIでマーケティング活動を進めていきます。またコンテンツも、今よりさらに増やしていきたいです。Adobe Experience Managerによって環境は整いましたので、質を担保しながら成長させていきたいと考えています」と駒井氏は最後に語りました。