営業/マーケ/ISが協働するフルファネルマーケティングを実現 - “自社に最適な” ABMを追求した日立製作所の挑戦とは
昨今のB2Bビジネスでは、複雑化する顧客の意思決定プロセスに対応すべく、営業とマーケティングの関係性は、分業から連携、さらには一体化へと変革が求められています。営業とマーケティングが共に肩を並べながら、売上の創出と利益の拡大に貢献するには、どうすれば良いのでしょうか。
今回、アドビとビジネス・フォーラム事務局共催で開催されたオンラインイベントMarketing for Successから、株式会社 日立製作所の7年間にわたるABM(アカウント ベースド マーケティング)およびインサイドセールスの実践についてご紹介します。
ご登壇いただいたのは、日立製作所 デジタルシステム&サービス営業統括本部 Executive Strategy Unit デマンドジェネレーションセンタ部長代理の加瀬奈月氏。聞き手はアドビの松井真理子が務めました。
自社に適したABMモデルを模索した7年間
日立製作所(以下、日立)でデジタルマーケティングチームが発足したのは2018年のことでした。デジタル化の加速にともない、お客様自身で情報収集や比較検討を進めるようになった他、市場環境の変化によって、お客様の課題が複雑化/多様化する中で、長年の「現場力」やブランド力に依存した営業スタイルからの転換を模索されていました。
「限られた人材で、さらなる成長を果たすには、営業もマーケティングも従来のままではいけない」という危機感から、より迅速かつ多角的にお客様へアプローチできるよう、デジタル活用に力を入れ始めたと言います。
歴史のある大企業であればあるほど、変革を実行に移すのは容易ではありません。そうした中で加瀬氏は、「会社全体が一気に変わるのは難しいかもしれませんが、変われるところから変わっていけば良いと思っています。また、以前の上司から “人は年齢とともに変われなくなるから、そうならないように気をつけなさい” と言われたことがあり、その言葉をたびたび思い出すことで、自らの戒めにしています」と語ります。

デジタルマーケティングチームが発足する前の2016年から2017年にかけては、加瀬氏お一人でメールやwebのアクセスログ、展示会のデータなどを手作業で集計するところからスタートされていました。その後、2018年にチーム体制へと移行し本格的に活動を始め、一定の成果が得られたものの、社内に広く浸透するところまでには至らなかったと言います。
転機となったのは、コロナ禍による急速なオンライン化です。この頃、加瀬氏は産休/育休を取得していたそうですが、復帰後、アドビの「2022 Adobe Marketo Engage Champion(現名称 Japan Adobe Advocates)」を受賞したのを機に注目が高まり、社内の各部署からデジタルマーケティングチームに問い合わせが入るようになったと話します。
「そして2023年に入り、ようやく地に足の着いた施策を展開できるようになりました」と語る加瀬氏。その後、インサイドセールスをスタートさせたり、マーケティングと営業のプロセスを可視化する土台を整備したりするなど、有望な案件創出という成果を意識した取り組みを始めており、今では20名弱の組織へと拡大されているそうです。

そんな加瀬氏が所属するデマンドジェネレーションセンタは、社内の営業や事業部門と連携しながら、マーケティングを通じた新たな案件を創出する役割を担われています。組織は現在、2つのチームで構成されており、1つは、デジタルマーケティングで戦略の合意から施策の立案/実行して見込み顧客を創出し、その後、インサイドセールスによるヒアリングや初回面談を経て、関係性を醸成し、営業へ有望案件を引き渡すところまでを担う「案件創出に直接関わるチーム」です。もう1つは、そうした活動を支える「マーケティングオペレーションのチーム」で、複数の施策を横断してデータやシステム基盤を整備しながら、全体をより有効に機能させるための仕組み作りをされています。

「One Team」で案件を創出する体制構築に向けて
一般的にソリューション軸でマーケティング施策を展開する企業が多い中、「日立では2023年頃から、ターゲット企業(アカウント)を軸としたマーケティングに力点を置くようになりました」と言う加瀬氏。実はグローバルのB2Bマーケティングでも、このフルファネルマーケティングの動きがトレンドになっています。

なぜ日立が、このアカウント軸のABMが自社に適していると考えるようになったのか。次のような理由があったと言います。
<社内の体制>
・組織体制として、アカウント制が強く、長年同じ会社を担当している営業が多いため。
<ビジネス形態>
・手離れの良い量販的なソリューションが少ないため。
・個別仕様かつ大型案件が中心で、顧客接点は既存のお客様が中心だったため。
<デマンドジェネレーションセンタとしての役割>
・営業とマーケティングがあらかじめ連携し、ターゲット企業の未開拓部門にアプローチしたほうが成果につなげやすいのではないかと考えた。
・マーケティング施策に終始せず、インサイドセールスを通じて顧客接点の拡充を図り、案件創出にコミットできるのではないかと考えた。
・営業部門が持っていないデータを蓄積/分析/共有することで、付加価値を提供できると考えた。
そして下図は、加瀬氏が営業担当者にABMを説明する際に使用しているスライドです。「重要なのは、“ABMをやりましょう”と言うのではなく、“一緒にお客様にアプローチしていきましょう”と伝えることです。そして実行に移す際には、営業の戦略をしっかりと把握した上で、受注だけでなく、お客様のプロファイルの収集やキーパーソンの発掘などのKPIも設けます」(加瀬氏)。

その上で、加瀬氏がABMを実行する際に大切にしていることとして、次の3つのポイントを挙げました。
・同じ1つのチームとして活動する…「お客様対応は営業の仕事」と丸投げするのではなく、分担する意識を持つ。最初から前向きな人ばかりではないが、進める中で信頼感や連帯感を醸成する。
・1社単位/1人ずつ、ていねいに確認する…ABMは、一般的なマーケティングのように1:Nではなく、1:1。営業が長年大切にしてきたお客様だということを忘れず、過去の経緯も含め、ていねいな確認を怠らない。
・営業経験者がインサイドセールスを担当する…フロントの営業経験を持ったメンバーがインサイドセールスに就くことで、相手の意向や立場を理解した対応ができる。そのメンバーがお客様のヒアリングや社内調整、面談のファシリテートなどをリードしていく。

営業からの高い信頼感が成果につながる
このようにして営業/マーケティング/インサイドセールスが、One TeamでABMに取り組んだ結果、次のような成果につながっています。
・受注貢献:前年比127%、案件プロセスの遷移率:前年比5ポイント改善。
・アンケート回答者(営業)の9割が「インサイドセールスの効果を感じ、活動の継続を希望する」と回答。
・マーケティング活動の結果をSFAやBIツールで可視化し、関係者が同じデータをリアルタイムで閲覧できる環境を整備。
特に注目したのは、日立のような大企業で、しかも1人の営業が長く1社を担当していることが多い状況にもかかわらず、営業担当の9割がインサイドセールスの効果を認め、継続を望んでいるという点です。「自分のお客様に手を出してくれるな」と拒否されることなく、一緒に取り組みを進められた秘訣は、どこにあるのでしょうか。
この疑問に対し、加瀬氏は「インサイドセールスを始める際、いきなり面識のない営業担当に声をかけたのではなく、それまでにマーケティング施策を一緒にやってきたメンバーに相談するところから始めました」と語ります。加えて、「知らない人からの電話がプラスに働かない場合ももちろんあると思うので、営業側にリストを渡して、インサイドセールスからの連絡を控えてほしいところを事前にチェックしてもらっています」と明かし、社内での確認作業をていねいに行う姿勢が、信頼関係の土台になっている ことがうかがえました。
今後は、「これまで築いてきた自社に適したABMモデルをさらに横展開するとともに、受注への貢献拡大や営業DXのさらなる推進に寄与していきたいです」と加瀬氏は語り、「『データをもとに継続的に改善サイクルを回せる』という次のレベルに向けて、これからも積極的に取り組んでいきます」と締めくくりました。
