“AIに選ばれる”ブランドになるために——「Adobe Summit: Case Study Deep Dive —未来を見据えたAI活用事例—」イベントレポート
「顧客体験オーケストレーション(Customer Experience Orchestration)」を掲げ、生成AIやAIエージェントを活用したグローバル事例が数多く紹介された「Adobe Summit 2025」。その中から注目のセッションを厳選し、日本の皆様にご紹介するイベント「Adobe Summit: Case Study Deep Dive —未来を見据えたAI活用事例—」を2025年11月に開催しました。
AIエージェントが生活者の意思決定に入り込み、検討プロセスそのものが変わりつつある今、企業は何を再設計すべきなのか――。そのヒントを探るべく、前半は、AIを活用したFan-centric Marketing(以下、FCM)に取り組むNFLと、アドビのAIを活用したパーソナライゼーションによってコンテンツサプライチェーンを最適化しているQualcommの事例をご紹介します。また、後半ではアドビ製品をご活用くださっているKDDI株式会社(以下、KDDI)の三井詩織氏と大日本印刷株式会社(以下、DNP)の田口佳央莉氏にご登壇いただいた特別対談の模様もお届けします。
NFLはデータから読み取ったファンの“意図”をいかに“体験”へと変換するのか
まずはアドビのマニッシュ プラブネ(Manish Prabhune)より、NFLのAI時代におけるFCMについて紹介。
米国で最も人気のあるプロアメリカンフットボールリーグであるNFL。その人気を支えているのが、NFLがすべての意思決定の礎としている“ファン ファースト”の基本原則です。そして、ファンを深く知るためには、「断片的なデータをすべて統合し、ファンの全体像を捉え、一人ひとりの体験へと変換する」——この循環を生み出す仕組み作りが不可欠です。
NFLはアクセンチュアとアドビでチームを組み、オウンドメディア戦略やソーシャルメディア戦略など、“ファン セントリックな体験づくり”を包括的に推進しています。FCMを実現するには、「どれだけ広い視点でデータを捉えられるか」が極めて重要だからです。NFLはアドビユーザーのトップ3に入るほどの非常に広範で膨大なデータを活用し、ファンが本当に求めている体験や意図を正確に把握できるよう、徹底的に取り組んでいます。
過去の行動に基づいた“パーソナライゼーション”ではなく、まさに今、お客様が解決したい課題に応じた体験を提供する“Intent Based Experiences(意図に基づくの体験)”を重視するNFLの思想は、アドビのプロダクト設計思想と同じです。
お客様は、理由もなく“ただドリルが欲しいから”ドリルの商品ページを見ているのではありません。“壁に穴を開けたいから”かもしれないし、“写真を飾りたいから”かもしれない。これがお客様の“意図”です。だからこそ、AIでやみくもにバリエーションを増やして不必要なコンテンツを量産するのではなく、お客様の本当の“意図”をデータで理解した上で、お客様が必要とする瞬間(最も心地良いと感じるタイミング)に、お客様にとって必要なコンテンツだけをAIが生成して提供する「Just-in-timeでコンテンツを生成する仕組み」を構築することが重要なのです。
NFLのFCMを支える基盤づくりは、2018年のAdobe Real-Time CDPの導入から始まりました。一朝一夕で現在の成功に至ったわけではなく、スモールスタートで少しずつ、データによってファンを1人の人間として丸ごと理解し、“意図”に寄り添った体験を提供できる環境を整えています。
そして、自社が保有するデータを生かした会話型AIや、スポンサー企業のデータと掛け合わせたセグメントマッチングによって、NFLにしかできない新たなファン体験の創出にも挑戦しているところだと言います。「高度なデータ活用によってファン心理の理解を深めるNFLの取り組みを、ぜひ皆様も参考にしていただきたい」と語り、マニッシュはセッションを締めくくりました。
デジタルエクスペリエンス事業本部
Industry Strategy Marketing Principal
マニッシュ プラブネ(Manish Prabhune)
Qualcommの事例で見る「B2BにもAI対策が必要」な理由とは
続いて登壇したのは、アドビで製造/ハイテク業界のプリセールスを担う段 佩伶です。段からは、B2Bで次世代のデジタル変革を巻き起こすQualcommの事例をご紹介しました。
Qualcommは、モバイル通信技術と半導体の設計開発を専門とする米国の巨大テクノロジー企業です。同社は従来B2Bを主戦場としてきましたが、近年はSnapdragonブランドでB2C市場にも進出。自動車、オーディオ、XR、IoTなどの製品ポートフォリオを多様化させています。
その背景には、「B2B企業が置かれている昨今の激しい環境変化」があったと言います。B2Bでも購買行動はAI主導へと急速にシフトしており、購買担当者の情報収集/検討/意思決定におけるAIへの依存度は高まっています。そのため、企業側もAI活用を前提とした高速かつ最適なコンテンツを提供する必要があるだけでなく、購買グループ全体を見据えながら、あらゆるステークホルダーに影響を与える必要があるのです。
デジタルエクスペリエンス事業本部 デジタルストラテジーグループ
シニア デジタル ストラテジスト
段 佩伶
このような環境に対応するため、Qualcommではアドビ製品をほぼフルスタックで導入し、クリエイティブを「作る」→クリエイティブを「管理する」→顧客へ最適な文脈で「届ける」→顧客の反応と行動を「分析する」というコンテンツサプライチェーンを構築しました。
B2Bマーケティングでは「アカウント中心思考」で購買グループに焦点を合わせることが最も有効です。しかし、それを実現するには、Qualcommでは次の3つの課題を解決する必要がありました。
- オーディエンスが統一されておらず、分析リソースを浪費してしまう。
- 購買ジャーニーが不明瞭で、複数のシステムでデータが分断されている。
- マーケターとエンジニアのリソース不足。
そこで、次の順番で解決を図りました。
- オーディエンスの定義を全社で統一し、重複をなくし、分類体系(タクソノミー)を整える。
- その分類体系に基づいて購買ジャーニーを設計し、最適なプロセスを構築する。
- プロセスが整ったら、AIを搭載したアドビ製品を活用して、購買グループごとに最適なコンテンツを、高速かつ大量に生成する。
その結果、「webサイト滞在時間:約250%増加」「ページビュー:約800%増加」「ページ読み込み時間:15〜22秒 → 3〜5秒(約86%改善)」という大きな成果を上げています。
最後に、段はQualcommが「Adobe GenStudio」の導入を発表したことも明かしました。
「Adobe MAX」の最新トピックをキャッチアップ
次に登壇したのは、アドビの阿部成行です。阿部からは米国で10月28日~30日に開催された、アドビが主催する世界最大級のクリエイティブカンファレンス「Adobe MAX 2025」の最新トピックを紹介しました。
阿部は、「アドビCEOのシャンタヌ ナラヤン(Shantanu Narayen)が語った“The Future of Creativity in the Era of AI”というメッセージには、『AIがいよいよ実用段階に入った』というメッセージが込められていると思います」と語り、「Ideation(何を作るか考える)」「Creation(コンテンツを創作する)」「Production(量産する/バリエーション展開する)」「Delivery(届ける/公開する)」というコンテンツ制作の4つのプロセスにAIが関与/支援するという構成だった、とキーノートを振り返ります。
デジタルストラテジー&ソリューションコンサルタント本部
Principal Business Development Manager
阿部 成行
ここで言うAIには、アドビ独自の「Adobe Firefly」、外部のパートナーが開発した「パートナーモデル」、企業独自のカスタムモデルである「Your Model」の3種類があります。
中でも、特に大きな話題を呼んだのが、パートナーモデルの一つとして発表されたGoogleとのパートナーシップ。Googleの高い開発力と、アドビが培った豊富なクリエイティブの知見を掛け合わせた開発が進んでいます。
また、Adobe MAXでは、他にも様々な最新技術の発表がありましたが、阿部が特に期待しているのが「Firefly Design Intelligence」というAIを活用した新たなデザインシステムだと言います。これまでのデザインシステムは策定後、ほとんど更新されないのが一般的でした。しかし、アドビでは「Adobe Illustrator」や「Adobe InDesign」のようなツールにAIを搭載することで、クリエイターの動きを観察し、動作を見て覚えるような方法で、AIに“ブランドらしさ”を学習させるアプローチを模索しています。
「AIがブランドの価値を理解しなければ、そのブランドは“存在しない”のと同じである——という未来がすぐそこに来ています。AIと人の両方に理解され、選ばれるブランドになるために、①絶えず変化する意図を解析して反応する“意図理解エンジン”と、②AIがブランドを理解して人やAIと対話できる“ブランド認知基盤”の2つを行き来しながら進化していく『ブランドインテリジェンスDX』に向かっていくのではないでしょうか」と阿部は所感を述べました。
AI対策は量より質。“構造化”を意識してAIにも分かりやすいコンテンツ作りを
最後のセッションには、特別対談を実施。KDDIの三井詩織氏と、DNPの田口佳央莉氏をゲストに迎え、AI時代のデータ活用について、マニッシュとともに議論しました。
NFLやQualcommのグローバル事例を受け、最も印象に残っているのは「社内で目線を合わせ、お客様をしっかりと見て動きを決めることの重要性でした」と語る三井氏。「技術の導入以上に、意識合わせのほうが大切だと痛感しています。自社もそこを目指さなければ」と、大いに刺激を受けたと言います。
UXデザイン部
プロダクトオーナー
三井 詩織氏
他方、「これまでアドビはクリエイティブ領域に強いツールベンダーというイメージでしたが、AIやマーケティングの領域にもここまで踏み込んでいることを知って驚きました」と言う田口氏。「これから『Adobe Experience Manager』を導入していくにあたり、顧客理解を深めるためのパートナーになってくれることを期待しています」と述べました。
これを受けマニッシュは、「技術の進化があまりにも速い今、“導入しようとしている技術が1年後には陳腐化してしまう”ことも大いにあり得ます。だからNFLはアクセンチュアとアドビを巻き込んで、アドビが今後どのような技術投資をしていくのかを理解しながら、自社の意思決定をしているのです」と語り、お客様の期待に応えるためにアドビは進化していると強調しました。
そして、皆さんも気になる「webサイトのAI最適化」にも話が及びました。
「お客様の“意図”を理解せず、コンテンツのバリエーションをむやみに増やすことは、GEOやAIOのようなAI対策にならないばかりか、むしろユーザーの期待に応えられなかったと見なされ、webサイトの評価を下げたり、ブランド毀損を招いたりすることにつながります。SEOの延長線上で考えるのは危険」と警鐘を鳴らすマニッシュ。
田口氏は、「DNPでは、AI対策として“構造化”を進めている」と言います。例えば、製品紹介ページ一つをとっても、コラムでは「人と仕事」を軸に、企業情報では「事業」目線で製品を紹介していました。しかし、そうした文脈の違いは、人間には理解できても、AIから見ると違いが分かりにくい。重複したコンテンツとして扱われると、webサイトの評価を下げるリスクがあるため、DNPではAIが読みやすいコンテンツになるよう整理しているのです。
コーポレートコミュニケーション本部
Web戦略室Web基盤推進G
ウェブ解析士マスター
田口 佳央莉氏
これに対し三井氏も「KDDIでも、かつてはコンテンツ制作担当者がビジュアルを優先するあまりソースの構造まで十分に意識できていないページもあり、ソースを見ると『見出しが1つもない』、あるいは『上位のh1やh2がないまま、h5のような下位の見出しタグだけが大量に乱立している』など、AIから見ると意図が伝わりにくいページ構成になってしまっているものもあります。これらは、まさしく今、私たちが向き合うべき課題だと認識しています」と語り、構造化の重要性に共感を寄せました。
そこでマニッシュは、webサイトの構造化に役立つ「Adobe LLM Optimizer」を紹介。「これを使えば、ユーザーがAIに投げるであろう質問を大量に生成し、ChatGPTやPerplexityなど主要なAIの回答を比較しながら、ブランド引用率や正確性、構造化の課題などを診断することができますので、ぜひご活用いただけたら」と語り、対談を終えました。
ユーザー事例:KDDI株式会社
クラウド型CMS「Adobe Experience Manager Managed Services」で「au.com」を起点とする持続的なCX改善を推進