
課題
オーディションやモデル契約期間の調整など、モデル撮影を前提とした場合にかかる予算や工数
成果
- 撮影準備工数を圧縮し品質向上へ
- 著作権対策を確実に
- モデル起用の制約を解消
- 高精度な人物表現を可能に
「Adobe Fireflyを使うことで、なかなかうまく表現できなかった『身近に生活している日本人』の表情を驚くほど短期間で忠実に生成することができました」
第3CRプランニング局 アートディレクター 松下 仁美氏
電通は、モデル撮影を前提とした場合にかかる予算や工数などの課題をクリアするため、Adobe Fireflyを使った画像生成を実施。製作期間はわずか1週間程度にも関わらず、まるで実在する日本人を撮影したかのような精巧な人物画像の生成に成功した本事例は、広告制作の新たな可能性を切り拓いている。
学習データの安全性を考慮し、Adobe Fireflyをグループ全体に普及
電通グループでは、2023年4月頃にAdobe Fireflyのベータ版をいち早く導入した。AI研究開発や戦略策定を担当する新納氏は、生成AIの事業活用の可能性を探るため、さまざまな生成AIツールを比較。特にクリエイティブ制作における著作権の問題などの検証を進めた。
その結果、エンタープライズ用途に特化しているAdobe Fireflyの学習データの安全性が高く評価され、まずは50名による試験運用を開始。ハンズオン研修などを通じて実証実験を重ねた後、2023年8月には本格導入へと移行した。現在では電通グループの標準ツールとして、クリエイターを中心に約3,000名が活用している。
制作の工数やコストを最適化できる生成AIの可能性に注目
そんな中、クラウドソーシングサービス「くらしのマーケット」の広告制作案件が持ち上がった。トレインチャンネル(電車内動画広告)向けのビジュアル制作で、20代男女に向けて日常の些細な困りごとに気づきを与える内容だ。例えば「新しいベッドが届いたけれど、一人では組み立てられない」「庭の木が伸びすぎて気になる」といった、身近な問題を題材にしている。
当初はモデル撮影を前提としていたが、オーディションやモデル契約期間の調整など、工数面での課題が山積していた。そこで、クライアントからの意向もあり、今回の広告制作に生成AIの活用の活用を検討したという。
多角的な評価プロセスを経て、電通の標準ツールに認定
数ある生成AIの中でも、電通が今回の広告制作に用いる生成AIにAdobe Fireflyを提案した決め手は、著作権面での安全性だ。Adobe Firefly はAdobe Stockなどの使用許諾を受けたコンテンツのみを学習データとして使用しているため、既存著作物との類似性や依拠性の問題が極めて低い。電通グループのdJ AI ガバナンスコミッティによる厳格な審査もクリアしており、各担当による多角的な視点からの評価を経て、電通グループの標準ツールとして認定されている。
また、ノンバイアスに近い画像生成が可能であることも、大きなポイントであった。「他の画像生成AIでは、 例えば特定の人物属性画像を大量に学習しているため、ルックスが偏ってしまう傾向がありました」と新納氏は説明する。安全でバランスのとれた学習データを用いるAdobe Fireflyは、広告表現に多様性をもたらすだけでなく、公平性も担保するツールとして評価された。
さらに、整理されたUI設計による使いやすさも、採用を決める要因となった。「とにかく操作が簡単で、感覚的にトーンの調整ができるのが便利です」とアートディレクターの松下氏は語る。カメラアングルや色味の調整も直感的な操作で行えるため、まだAdobe Fireflyに慣れていないクリエイターでも、すぐに使いこなすことができた。
構成参照機能を活用し、リアリティのある日本人の画像生成に成功
制作は4人体制で実施され、5日間にわたって生成作業を行った。中でも効果的だったのは、Adobe Fireflyの構成参照機能の活用だ。手書きのラフスケッチをAdobe Fireflyに取り込み、それを参考に生成することで、より自然な表情や姿勢を表現。さらに、生成した良質な画像を再度構成参照として活用することで、品質の向上を図った。
「写真映えする整った顔立ちでありながらも、身近に実在するような親しみやすい表情の人物写真を、適切な価格で調達する。これは容易なことではありません」と松下氏は従来の課題を指摘する。しかし、Adobe Fireflyを使うことで高額なモデルのキャスティング費用や膨大なフォトストックから画像を選ぶ時間もかからずに理想とする「日本人の困り顔」を生成することができた。
また、制作プロセスの効率化も大きな成果であった。通常、モデル起用の広告制作では企画開始から納品まで約2ヶ月を要する。オーディション、衣装合わせ、撮影立ち会い、画像選定といった、多岐にわたる調整が必要となるためだ。しかし今回は、生成作業自体を他業務もこなしながら5日間で完了した。ベースとなる人物の表情が決まった後は PhotoshopのAI機能も活用し、衣服、肌のきめ、ライティングなどを調整し、レタッチを加えることで、より精度が高くリアリティのある仕上がりを実現できた。
「カンプ(ラフ案)がそのまま納品物となるため、撮影後に意図した表現と異なってしまうリスクも排除できました」と松下氏は評価する。クライアントからも「工数の圧縮ができる」「タレント契約や契約延長費用がかからない」「追加のバリエーションを増やしやすい」といった制作プロセスへの評価に加えて、「AIで生成したとは思えないほどクオリティが高いのでブランドイメージを棄損しない」といったクリエイティブそのものへの評価も得ている。
松下氏は「ビジュアル制作の専門家である私たちアートディレクターが、実際にAdobe Fireflyを駆使してアウトプットを追い込むことで、クライアントにも満足いただけるクオリティの制作物が完成したと思っています」と振り返る。プロクリエイターと生成AIの協業が注目されるなか、新納氏は「生成AIのポテンシャルはクリエイターによって最大化されるものだと捉えているので、電通グループとしてはAdobe Fireflyをますます積極的に業務に取り入れてクリエイティビティの拡張を図っていきたいです」との展望を語る。
クリエイティブワークの時間を最大化し、本質的な価値創造へ
電通グループでは今回の成功を受け、さらなるAdobe Fireflyの活用領域拡大を検討している。新納氏は「Adobe Fireflyは動画生成機能も出たので、プランニングはもちろん、今後はCM自体をFireflyで制作できる可能性があると思います」と期待を寄せる。特にAIダビングという、元の話者の声質で、リップシンク(口の動きとセリフを合わせること)をしながら、話を異なる言語に自動で翻訳できる機能は、グローバル展開を見据えた重要な要素となりそうだ。例えば、日本語のCMを撮影した後、他言語に変換する際、話者の声と口の動きを自動で自然に合わせることで、効率的な多言語展開が容易になる。さらに音楽生成や3D生成など、新機能への期待も高まっている。
松下氏は「デザイナーの業務時間の大半は素材探しや合成作業に費やされており、本来のクリエイティブワークに割ける時間は2割程度です」と指摘する。こうした作業的な工程がAIによって効率化されれば、より質の高いクリエイティブワークに注力できるようになる。また、一人ひとりに合わせてカスタマイズされたコンテンツの制作など、新たな展開も視野に入れている。
※掲載された情報は、2024年12月現在のものです。
CX クリエイティブ・センター
クリエイティブ・テクノロジスト
新納 大輔氏
第3CR プランニング局
アートディレクター
松下 仁美氏
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